最近三木ヱ門の声を聞くとびびってしまうわたしがいる。その原因は会うたび会うたび書類をどっさり渡されるからであるからで、悪いのは三木じゃないとはわかってても今回もびびってしまいそのまま振り返ったのだけど今日は違うらしく暇なら今夜どっか飯を食いに行かないかというお誘いだった。
同じ特進クラス卒で同期の四人とは特別仲がいいのでこういうことはよくある。二つ返事で了承するとじゃあまたと軽く右手を上げて七番隊隊舎に戻っていった。それを言うためだけに来たのだろうか。ちょっと嫌な予感がして執務室に戻ると案の定タカ丸さんが書類と格闘していたので項垂れた。先に置いてきたのか。


「へえ、三木ヱ門に」
「はい。タカ丸さん誘われてないってことは二人だけなのかな」


タカ丸さんにさっきのことを話すと特に驚いた様子は見せなかったものの初耳だったようだ。てっきりまた五人で飲みに行くのかと思ってただけにわたしの方が驚いてしまったくらいである。確かに二人でっていうのが全くないわけじゃないし、それこそ誰かが任務だったり残業だったりすると五人揃わなかったりするわけだからべつに変なことではない。今でこそわたしとタカ丸さんが同じ隊だけど、数年前まではタカ丸さんは七番隊だったし三木ヱ門は三番隊だったし喜八郎は十二だった。みんなばらばらで副官を務めていた。あ、更にその前に三木ヱ門は十番隊にいたし滝夜叉丸だって十一番隊にいた。他隊への引き抜きなんてよくあることだ。蹴ることもできるらしいけど。
話は逸れたがとにかくわたしたち五人は仲がいいのでどんな人数でもどんなメンバーでも集まるのだ。こないだ喜八郎が滝夜叉丸とタカ丸さんと飲んだって言ってたし。そのときわたしは体調不良で三木ヱ門は現世に任務行ってたから欠席だった。あ、もしかしてあれの埋め合わせ的な。なるほど。


「俺も誘ってくれればよかったのにー」
「こないだの飲み会にわたしと三木が行けなかったからじゃないですかね?」
「……そう思う?」


「え?はい」頬杖をついてわたしを見るタカ丸さんが何か考えてそうな雰囲気を醸し出しているけど、その何かがわからないので素直に頷いた。すると困ったように「だよねーさすがちゃん」と言うのでわたしも困る。さすがちゃんという言葉には揶揄の響きがあったがどちらかというと呆れが多く含まれていたように思う。何だというのだろうか。


「あの、タカ丸さんも来ますか?」
「そう言ってくれると思った。でも今日はやめとくね」
「何か用事でもあるんですか?」
「んーん。俺、三木ヱ門に嫌われたくないんだ」
「は?」


どういう意味ですか、と問おうとしたら間髪入れずに「ちゃんお茶お願いしていい?」と頼まれかわされてしまった。は、はいとどもりながら給湯室に向かいながらさっきのタカ丸さんの台詞を反芻するけれどよく意味がわからなかった。誘われてないから行くのを遠慮したのだろうか。でもそんなことで嫌われるわけない、タカ丸さんだってわかってるはずだ。…じゃあどうしてだろう。いくら考えてもわからなかった。


「三木ヱ門の邪魔する権利はまだ俺にはないんだよー…嫌だけどさ」


タカ丸さんがそんなことを呟いてたなんてわたしは知らない。


お茶を持って行ったあとは何だかんだで話が流れてしまい追及は叶わなかった。残りの就業時間を事務仕事に当て定時に切り上げ、片付けを始める。今日は特にミスもなくすらすらこなせたなあ、よかったよかった。


「まだ七番隊は終わってないですかねー」
「あ、このまま直で行くの?」
「はい」


場所の指定はされてないので時間も早いことだし七番隊に押し掛けてやろうと思ってる。久々知隊長には迷惑かもしれないけどまああの人はいいだろう。優しいし。
どこに行くのかなー決まってるのかな、お腹もいい感じに空いてきて晩ご飯に思いを馳せていると近くで片付けをしているタカ丸さんが黙りこくっているのに気が付いた。左側だけ長いアシメという髪型のせいで彼の横顔はほとんど窺えない。どうしたのだろうか。「タカ丸さん?」声を掛けてみると彼はゆっくりとわたしに向いた。


「それ、俺が行かないでって言ったら、……どうする?」





七番隊隊舎への道のりで、ふとさっきの台詞を思い出し立ち止まった。どういうつもりで言ったのだろうか、タカ丸さんは。あのあと何も返せなかったわたしにすぐ「冗談だよ冗談」と笑っていたけれど、その表情はどこか悲しそうだった。
冗談、なのだろうか。いや冗談じゃなかったら何だっていうの。タカ丸さんがわたしに今日の食事に行ってほしくない理由なんてあるわけない。しかも言い淀むほどの。本当に何か理由があるならちゃんと言っているだろう。だから本当に冗談か、大したことではないのだ、多分。そう自己完結して足を踏み出した。


009.切ない影に重ねた top