同期からよく鈍いと言われる。自惚れているつもりはないが、真央霊術院卒業後、隠密機動に入隊し部隊長も務めた俺はそれなりに素速さには自信があり、初めて言われたときその意味を取り違えて「おまえより速い自信はある」と切り返してしまい友人に爆笑されたことがある。「そういうとこだよ」と八左ヱ門に鈍いの意味が鈍感の方だと教えられ、それなら鈍感と言えと返したらそこに怒るのかとまた笑われた。あとで三郎には鈍感というより天然だと言われたが自分でそうは思ったことがないので奴の迷惑な勘違いだろう。

そうは思ったものの部下の斉藤タカ丸にも「久々知くんて天然だね」と言われてしまったからには少し省みないといけないかもしれない。だけど俺としては本当に、自分が天然だなんて思ったことは一度もないのだ。

昨日の午後、書類を他隊に運んで帰ってきた三木ヱ門はいつも通り席に着き事務仕事を再開した。普段から真面目に取り組む彼はとても優秀で、部下には申し分ない。前の副官だったタカ丸は事務仕事はてんで駄目だったからほとんど椅子に座らせなかったもんな。俺がやればいいと思ったし、あいつは斬拳走鬼すべてに精通してるから多く任務に当たらせた方がいいと思ったんだ。しかし隊長になるんだったら無理にでも事務処理能力を鍛えさせるべきだったか、に申し訳ないな、と密かに思ってるので彼女には少し頭が上がらなかったりする。

就業時間が終わりパッと時計を確認した三木ヱ門は「隊長、そちら終わりましたか?」と俺に向いた。まだだけどおまえは帰っていいよと言えば少し渋ったあと、ではお言葉に甘えますとはにかんで片付けを始めた。
俺は鈍感でも天然でもない。「何か用事があるんだろ?」だから部下の纏う僅かな空気の違いを感じ取ることができる。案の定ぴたりと止まった三木ヱ門の動きに、ただの用事じゃないなと悟った。何でもないように振り返ったがその笑顔はいささか硬い。「同期と飯食いに行くんです」それはよくあることだ。つまりただの会合ではない。
詮索するのは柄じゃないので騙された振りをして、そうかと返す。失礼しますと三木ヱ門が執務室を出た直後、廊下から「あ、ナイスタイミング」と聞こえた。声からしてだろう。俺も早く帰ろうと最後の書類に向かった。


「あー久々知くーん」
「げ、タカ丸」


帰り道タカ丸に遭遇した。こいつの隊長羽織姿は未だにしっくり来ない。そしてこのタイミングと三木ヱ門のこととを合わせて考えると、厄介な展開になるとしか思えなかった。


「ねえご飯食べに行こうよ」
「…割り勘な」
「奢ってよ久々知隊長ー」
「ふざけんなおまえも隊長だろ」


やはり飯に誘われた。昇進して違う隊になってからも親しくしてくるのは全然構わないが、同じくらいの給料貰っといてたかられるのは腹立つよ。こいつの場合冗談とかじゃないから余計。


「えー。じゃあ割り勘でもいいよ。今日さ、………や、何でもない」
「あ?」
「ごめんごめん。何でもないから」


どう見ても落ち込んでいるタカ丸を邪険にあしらえない俺は仕方なく付き合ってやることにした。どこに行くと聞けば居酒屋の名前を即答してくる。はいはいと言いながらその店へ歩を進めた。こいつ酒強いからあんまり一緒に飲みたくなかったんだけどな。


そして翌朝、若干の二日酔いを抱えながらなんとかいつも通り始業時間五分前に着くと、いつも通り十分前に来たらしい三木ヱ門がおはようございますと挨拶をした。
俺は鈍感でも天然でもないので、自分が見て得た情報だけで現状を察することができる。


と二人だったんだな」
「…………は?」
「楽しかったか?」


途端、かーっと赤くなっていく三木ヱ門。当たりだったか。こいつがここに配属されてからまだそんな年数は経っていないが、部下に気を回すのは上司として基本中の基本なので見ていたらすぐに気付いた。田村三木ヱ門はのことがすきだ。


「…やっぱ聞こえてましたか」
「ああ。ナイスタイミングって。ついでにタカ丸にも会ったからいつものメンバーでの飯じゃなかったんだってな」
「はあ…べつに隠す気はなかったんですけど」
「楽しかったか?」
「…勘弁してくださいよ隊長…」
「ああ、悪い悪い」
「……いえ、」


がタカ丸さんを誘ってくるならそれでもいいと思ったんですよ、三人でだって、全然。どういう経緯だったのか詮索はしなかったんですけど…でもあいつ楽しみって顔して一人で来るから……た、楽しかったですよ、すごく」真っ赤な顔を腕で隠しながら何やら弁解をしている三木ヱ門に、本気なんだなと悟る。こいつはタカ丸もをすきだということも知っているんだろう。俺もあいつが副官だった頃に気付いている。そしてタカ丸も三木ヱ門がそうだと言うことを知ってるんだろう。は…気付いてるわけないか。

水面下で繰り広げられる三角関係。俺は鈍感でも天然でもないから、こいつらの進展しない関係を観察する。どちらを応援するとかはしないけど、まあどちらかというと、へなへなしてて何考えてるかわからない上調子いいタカ丸よりは、何でも真面目に取り組む現在の部下である三木ヱ門の方がうまくいってほしいと思うけど。


010.いざてのひらに得た刺熱 top