猫の手も借りたい精霊廷通信発行前の慌ただしさが過ぎると九番隊は途端に暇になるらしい。なんでも、あまりのハードワークゆえに設けられた休暇は一日や二日じゃないので逆に時間を持て余すのだとか。一日目を連日の徹夜によって荒れたお肌の美容改善に努めた滝夜叉丸は三日目には見事完全復帰を遂げ、オフ最後の四日目には辺りにキラキラオーラを散りばめながらすぐに終わりそうな事務仕事を片付けていた。スラッと華麗に書類を重ねる彼を応接用のソファから眺めていると、それに気付いた滝夜叉丸がふふんと優雅に笑った。


「あと三分で終わるからもう少し待ちたまえ」
「うん、いくらでも待つけど」


ただ見てただけだよ、と言わないのは彼にとって特に意味のないことだからである。べつに急かしている訳ではないし、どちらかというと見惚れていた方だからどうぞ気の済むまでやってください。とまでも言わないけれど。
何故わたしが滝夜叉丸の事務仕事を待っているのかというと、三日前まで精霊廷通信の編集及び発行作業を手伝った代わりに鬼道の指導をしてもらう約束をしたからなのだ。滝夜叉丸は教え方がとても上手いし、わたしがまだ習得していない数字の鬼道をたくさん使いこなしている。だから護廷十三隊に入ったあともこうして、ときたま彼の指南を請うのである。

今日はどこまで習えるかなあとぼんやりしていると、たくさんの紙袋を抱えた尾浜隊長が帰ってきた。朝、非番だから来なくてもいいはずなのに顔を出しすぐに精霊廷内の商店街に繰り出したらしい彼からは美味しそうな匂いが漂っていた。


「お、三日ぶり」
「こんにちは」
「たい焼き食べる?あんみつとか団子もあるけど」
「いいんですか?」
「どうぞどうぞ。今回もなんだかんだ最後まで手伝わせちゃったしね」
「やった。ありがとうございます」


どうやら紙袋の中身は全部食べ物らしい。袋ごとにたい焼き、あんみつ、団子、他にもいろいろあった。こんなにたくさん買ってどうするつもりだったのだろう。小舟を模した容器が積み上げられる。中はおそらくたこ焼きだろう、甘味に留まらず炭水化物まであるようだ。カスタード入りのたい焼きを頂き、尻尾に噛り付く。生地がカリカリしていて美味しい。


「隊長、そんなに買ってお一人で全部食べるつもりですか」


応接用のテーブルに広げられた食べ物たちを見て呆れ顔の滝夜叉丸。わたしの向かい側に座った尾浜隊長は丸い目をぱちりと二、三度瞬かせ、それから焦点を滝夜叉丸に合わせたまま自分もたい焼きのしっぽから噛り付いた。


「食べたければすきなだけ食べていいけど…出掛けるんでしょ?」
「はい」
「全部一つずつは残しといたげるよ。も持って帰っていいよ」
「あ、ありがとうございます」
「隊長、全種類六個から七個はあるように見えます」
「うん。余裕だよな」
「…尾浜隊長」


ああキラキラオーラが消えてしまった。眉間に皺を作り、口角をひくひくと吊り上げる滝夜叉丸からはむしろ負のオーラを感じ取れた。前に、彼が自分の隊長の食生活の愚痴を零していたのを聞いたことがある。あのときの滝夜叉丸はなかなかに酔っていたなあ。尾浜隊長はそんな様子の滝夜叉丸を見てか、陽気にけらけらと笑った。


「冗談だよ滝夜叉丸。今日は兵助呼ぶつもりだから大丈夫だって」
「…はあ、それならいいんですが」


流石にこの量は一人の胃袋に収まる訳がない。しかし滝夜叉丸がその心配をしていたということは、まさか尾浜隊長の胃はブラックホールなのだろうか。大きなため息をついた滝夜叉丸はそれから筆を置くと「、終わったぞ」と言って立ち上がった。


「おーお疲れさま」
「私に掛かれば大したことではない。たい焼きを食べ終えたら行こう」
「はーい」
「おまえらどこ行くの?」


すでにたい焼きを食べ終えあんみつに手を伸ばしていた尾浜隊長にこれからのことを話すと、へえとどこか納得したような相槌が返ってきた。


「そういえば滝夜叉丸はよく鬼道を使うよな。剣術より得意なのか?」
「いえ!この滝夜叉丸、どちらも得意であります!」
「でも鬼道の達人って言われてるよね」
「まあな。霊術院時代からすでに頭角を表していた私は周りの院生からぐだぐだぐだ…」
「はいはい。ところで何番代まで詠唱破棄できんの?」
「お?そうですね、七十番代ならしたことありますよ」
「すご」
「頼りになる部下持ったなあ俺」
「その通り、尾浜隊長はとても幸運なのです。何故ならばこの滝夜叉丸は鬼道の腕前だけでなく剣術にも長け斬拳走鬼全てを網羅しぐだぐだぐだ…」


自慢話を右から左に受け流しながらたい焼きを食べる。彼の話は自慢話であることには違いないけれど誇張なしの全て事実に基づいたものなので嫌いじゃない。ただ、一度始まるとなかなか終わらないところは改善点であると思うが。尾浜隊長も団子を食べるのに集中して相槌すら打たない。
それでもやはり、滝夜叉丸は本当に優秀だ。同期でつるんでいた五人とも特進クラスだったけど、その中でも飛び抜けていい成績だったし、当然の如く真王霊術院を主席で卒業した。面倒見がよくてしっかりしているから、すぐ自分の世界に入ってしまうのを直せば一つの隊の頂点に立つことも夢じゃないだろう。とは言っても、それには卍解の習得が何よりも必須だけれど。
突然、ぐいっと腕を引っ張られた。もちろん自信に満ち溢れた滝夜叉丸の挙動である。


「さあ!早く稽古場へ行くぞ!私の華麗な詠唱をとくと聞かせてやろう」
「あ、うん。教えてくれるんだよね?」
「いってらっしゃーい」


みたらし団子を口いっぱいに頬張った尾浜隊長に会釈だけして、一抹の不安を抱え引かれるがまま九番隊の稽古場へ向かうのであった。


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