前も言ったが瀞霊廷通信発行前の九番隊は大忙しである。普段は隊全体で作業に取り掛かるが、大詰めは信用第一なので主に働くのは席官以上の死神とされていて、雑誌の内容はいろいろあるが特別な特集がない限り全体の八割を隊長副隊長が執筆する連載物が占める。それの催促や編集、紙面の編成など全てを九番隊が担うわけで、とても大変である。もちろんわたしは八番隊で無関係なので、頑張れーと他人事のように応援でもしてればいいのだけれど、毎度毎度何かにこじつけてその編集作業を手伝わされる。完成するとタダで初版を貰えるのでそこはいいけれど、何分、この作業は辛い。下手すると二十四時間編集室に篭るのを余儀なくされるので軽く病む。が、わたし以上に九番隊は病んでいるので文句は言えない雰囲気である。あの尾浜隊長でさえ完成時にはげっそりしているのだ。そのときだけ九番隊は潮江隊長が量産される。きっと来週の頭にはそうなるだろう。

今月号の表紙がタカ丸さんということで、カメラマンを任されたわたしは彼の無難な笑顔を何枚かカメラに収め、小走りで九番隊編集部に向かった。早く帰って来いと滝夜叉丸に口を酸っぱくして言われているのだ。さっきタカ丸さんに「俺も手伝おうか?」と聞かれたけど丁重にお断りしておいた。こう言っては失礼だが事務仕事が苦手なタカ丸さんは編集作業も不向きだろう。代わりにわたしの任務をお願いしておいた。


「撮ってきたよ滝夜叉丸」
「おお、ご苦労。助かった」
「普通に笑ってる写真でいいんだよね?」
「ああ」


滝夜叉丸がカメラの液晶画面の部分でチェックをし、それにそわそわしながら待っていると画面を見ながらふっと笑い、「よく撮れている。ありがとう」と言ってくれたので嬉しかった。滝夜叉丸は自他共に認める美人だから、伏せた目で微笑みを浮かべるととても綺麗なのだ。少し照れた。彼の頼みに最終的に了解してしまうのはわたしが美人に弱いせいだと自覚している。


「早速で悪いが、そこの原稿の誤字脱字のチェックを頼む」
「はーい。これ誰書いたの?」
「中在家隊長だ」
「まじか!」


やったー中在家隊長の話毎月楽しみにしてるのだよねー面白いから。こうやって先取りできるのもこの手伝いの利点だと思う。にやにやしながら席に着くと滝夜叉丸が呆れた声で「じっくり読むんじゃないぞ」と注意してきたのではーいと適当に返した。


「あ、あと間違ってるところあったらこれで修正してくれ」


顔を上げて差し出されたそれを受け取った。「…ペン?」全身赤いプラスチックのような硬さで覆われたそれは現世に行ったとき何度か見かけたことのあるもので正解だったらしく、滝夜叉丸は頷いた。


「こないだ尾浜隊長が買ってきて下さったんだ。普段は朱筆だが急いでいるときはこれを使うようにした」
「へえ…霊子変換機でやったんだよね?」
「ああ」


現世から物を持ち込むときは霊子変換機でそれを霊子に変える。尸魂界では全ての物質が霊子なので、そうしないと持ち込めないのだ。なるほど確かに、朱筆だといちいち液を硯に足さないといけないし筆に染み込ませないといけないしで効率が悪い。赤ペンならそんな必要もない。すごいなあ現世は、次々と文明の利器を生み出していく。ちなみにさっきのカメラもそれで変えたものである。
まあどうせ、中在家隊長の原稿に間違いなんてないのだろうけど。文学青年のあの人は絶対に提出期限に間に合わせるし、その前に自分で何回も読み直しているらしい。なのに今更わたしが見たところで何も変わらないと思うけど、一応ってやつである。
黙々と読み進めて一時間くらい経った頃であろうか、二人目の原稿がもう少しで終わりそうだというとき、編集室の外から足音がして、入り口に目を向けた。


「ただいまーあー疲れたー」
「お疲れさまです、尾浜隊長」
「あ、こんにちは」


入ってきた尾浜隊長はおぼつかない足取りのまま休憩用のソファに倒れ込んだ。席を立ちそばに駆け寄る滝夜叉丸に続くべきか逡巡した結果、面倒くさいので座ってることにした。仰向けに倒れた尾浜隊長は声でわたしと判断したらしく顔をこちらに向け「あーいんの?いつもありがとうな」と疲労の声で労われた。どうもとしか言えない。


「隊長大丈夫ですか、しっかりして下さい」
「大丈夫、十分寝かせて。あ、あとこれ」
「これは……鉢屋隊長、久々知隊長、竹谷隊長の原稿…!ありがとうございます!」


あわわわと本気でありがたがっている滝夜叉丸の様子を見るに、尾浜隊長はどうやら提出期限を派手に破った同期の隊長たちに催促に行っていたようだ。今気付いたけど壁に貼られている模造紙に連載執筆者の名前が書き出されチェックが付いているけれど、先程の三名のところには何もなかった。涙を拭いわたしに向いて「、あとどれくらいで終わる?」との問いに(一応言っておくけれど、編集作業をやっているとみんなテンションがおかしくなるのだ。何も滝夜叉丸がいつも涙もろい訳ではない)あと五分と答えれば彼は「そうか。相変わらず仕事が早いなは。助かる」とまた憂いを帯びた表情で微笑んだ。これも編集作業を続けることによって引き起こされる謎のハイの所以だ。滝夜叉丸が笑顔の安売りをするようになる。本来だったらもっとナルシーっぽい笑みを浮かべるのだが今はそんなことは言ってられない。編集作業も今日で十日目なのだ。


「それが終わったら休憩にしよう。煮詰めすぎてもかえって効率が悪くなるしな」


全くそのとおりですね!!と元気のなくなった前髪に言ってやりたい。


008.赤ペン top