諸岡さんは威厳と美しさを兼揃えた女性だった。二番隊隊長の山本シナ先生と仲が良く、優しい上他隊の隊長にまるで引けを取らない実力の持ち主だったので誰からも慕われていた。八番隊士はとりわけ思慕の情が強かっただろう。ちゃんはその代表と言っても過言でないくらい諸岡さんを慕っていた。彼女の傍にいつもついていたちゃんをよく見ていたから間違いない。
そして病弱の彼女が発作で倒れそのまま息を引き取ってから一番悲しみに暮れていたのもちゃんだった。ちゃんにとってあの人は、上司であり母であり姉であり憧れであった。本当に、彼女がいなくなったあの頃のちゃんは見ていられないくらい憔悴しきっていた。 俺が八番隊隊長に推薦され就任したのはそれから一ヶ月後のことだった。 「ここです」 諸岡さんの墓石の前まで来て、もう枯れてしまった去年の花と今日持ってきたのを取り替えて水に挿した。 「俺来たの初めてじゃないよ?」 「えっ」 「隊長になってすぐに、一回だけ」 そう言うとちゃんは俺を見る目をじわりと潤ませた。え、今の台詞何か泣かせる要素あった?首を傾げたけど、そのあと消え入るような声でありがとうございますと言ったちゃんの頭を撫でてあげた。この子は本当に諸岡さんのことを慕っていたのだ。それは今も。 でもべつに、ちゃんが俺を隊長に認めていない、とかではない。そもそも同期で院生時代からお互い親しくしていたし、そういう面では複雑だったっぽいけど少し経てば俺らは何の気兼ねもなく隊長副隊長をやっていた。 「きよ江さんの次の隊長がタカ丸さんでよかったです」 俺に背を向け彼女の墓に手を合わせて呟いた。その言葉の意味を上手く汲み取れないので、それは俺の都合に合わせて解釈して、俺はちゃんに知っておいてほしいことを一方的に述べることにした。 「俺の祖父が死神で八番隊の隊長やってたって言ったよね」 「はい」 最初、俺はそのことを聞かされていなかった。祖父が死神でかなり優秀だったということしか知らなかったのだ。そして諸岡さんが亡くなって新しい隊長が必要になったとき、候補は俺と不破くんだった。条件満たしてるのが俺らだけだったから。 隊長就任の条件、一番大きいのは卍解を会得しているということだ。あのとき既に隊長以外でそれが可能だった俺らは、多分どちらも周りから駄目だと思われていなかったから、本当にどっちがなっても問題なかった。俺は元から隊長って柄じゃないのは自覚していたから最初その話を持ち掛けられてもすぐに了承はしなかった。不破くんがなりたいなら彼がなるべきだと思ったのだ。でも彼は彼らしくもなくはっきり断ったらしい。中在家くんの元で副隊長をやっていたいと言って。 そうなればもう俺がやるしかないという使命感に駆られた、訳じゃない。タイミングよく家に帰ってその話をしたところ、その、祖父が八番隊の隊長だということを聞かされた。だから。 「八番隊だったら、隊長になってもいいと思ったんだよ」 聞いたちゃんはしゃがんだ膝に顔を埋めて小さく頷いただけだったけど、大体何を思ったかわかった。それにふっと笑みを零した俺は諸岡さんのお墓を見た。それから手を合わせ、心の中で彼女への伝言を紡いだ。目を開けるとちゃんも同じことをしているようだった。 祖父が八番隊の隊長だったから同じ世界を見てみたい。その気持ちも本当だけれど、それだけじゃない。 諸岡さんを失った傷を背負い込むちゃんの支えになりたかった。君がいるなら俺はそこに行く。俺の近くで俺を見ていてほしいし、俺は君を守りたいんだ。 これからは毎年一緒にここへ来よう。誓う。俺は君が心底すきなんだ。 007.笑って揺れてさようなら top→ |