「なんで怒ってるかわかるよね」


タカ丸さんの声は彼の言葉どおり怒気を含んでいた。昔からつるんでたけどこの人がここまで怒りを露わにしているのを見たのは今回が初めてだった。壁に詰め寄られているわたしは背中をぺったりくっつけて怒ったタカ丸さんからなんとか逃げようと試みているが、いくら同期でも隊長として認められたこの人と頑張って副隊長のわたしとじゃ実力に差がありすぎて身体的にも霊圧的にもわたしを追い詰めているタカ丸さんから逃げれる気はしない。にしてもタカ丸さんいつも以上に、近い。しかも顔怖い。わたしは何もしてない左腕がじくじく痛むのを感じながらタカ丸さんから顔を背けた。


「…自分が間違ったことをしたとは思えません」


怖いけど言われっぱなしと怒られっぱなしはわたしのプライドが許さない。反抗してみると視界の隅でタカ丸さんの肩がぴくりと上がったのが見えて恐らくさらに顔をしかめたのだろうことがわかった。見えなくても滲み出る霊圧が大きくなったのでわかる。この人は器用だから霊圧のコントロールもうまい。でも多分、今のはわざとじゃない、だろう。「いっ」決め手だと言うように左の二の腕を掴まれた。


「痛いでしょ。こんな無茶してさあ」
「た、タカ丸さん…」
「こんなものじゃ済まなかったかもしれないんだよ?左腕なくなってたかもしれないんだよ、ねえ」
「…でも」
「絶対ちゃんは間違ってる」
「!……」


そんな頭ごなしの否定はわたしを納得なんてさせない。間違ってるなんてそんな、たとえそうだとしても、わたしは認められない。
渾身の睨みを彼に向けると一瞬怯んだ。その隙に彼の右腕を振り払い思いっ切り体当たりして執務室を飛び出した。「ちゃん!」すぐに後ろから聞こえて瞬歩を使って逃げた。


「…疲れた…」


連続五回瞬歩を使っただけでもう動きたくないくらい疲れた。でもおかげで流魂街の森まで来れてタカ丸さんを撒くことには成功しただろう。霊圧探査されたら一発だけど、多分あの人の性格からして深追いはしてこないと思う。見慣れないタカ丸さんではあったけどあれは一応本人なわけだから、いつものふんわりしたタカ丸さんだったらきっと、今は落ち込んでると思うのだ。
現状を棚に上げてそう分析するとわたしは寄り掛かっていた木の幹にずるずると座り込んだ。あんなタカ丸さん、見たことない。見たことないだけじゃなくてその怒りの矛先が自分に向けられていたのだ。…嫌だったなあ…怒らせるつもりは、なかったのだ。
ふんわりしたタカ丸さん、さっき考えたせいで思い出して泣きたくなった。怒らせてしまった罪悪感が渦巻くけど、でも自分に非を認めることもできなかったよ、間違ってるなんて全然思わないし目の前に今日と同じことが起こってたらまた同じことをすると思う。さっきタカ丸さんに掴まれたせいでさらにじくじく痛んできた、この左腕がなくなってたかもしれないなんてそれは可能性の話で結果わたしは無事だったのだ。
鼻につんと来た。タカ丸さんに見放された気がして悲しい。


「やっと見つけた」


え。
ぱっと顔を上げるとすぐ近くに人がいてわたしは肩をすくめたがそれはすぐに解いた。ため息をついたその人は三木だった。


「どうして」
「絶対一人で泣いてると思って」
「泣いてない」
「泣いてるぞ」


スタスタとこっちまで来て目の前でしゃがんだ。台詞どおりわたしのこの状態を察知してかご丁寧にタオルを顔に押し付けられた。おとなしく受け取る。


「で?何があったんだ」
「…聞いてないの?」
「落ち込んだタカ丸さんにが怒ったって言われてすぐ来たからな」
「怒ってない」
「泣いてたな」


三木はどこでそんな意地の悪い話術を身につけたんだ。鉢屋隊長か。こいつは元三番隊だったから。
言い返せないわたしはその代わり事件の経緯と言い分を織り交ぜてはしょりつつ話した。任務の帰り遭遇した虚と一人で戦ったこと。増援要請をせず無茶して左腕が取れかけたこと。でも流魂街の人も近くにいたのでそれを助けるためには仕方なかったこと。そしてさっきも言ったがわたしの左腕はついてること、帰ったらタカ丸さんが怒ってたことなど。
目の前の三木がだんだんうんざりした顔になってくのに気付きながらも全て話し終えると本日最大のため息をつかれた。「言いたいことはいろいろあるが」


「おまえの言い分だと左腕がなくなってから怒れと言いたいように聞こえる」
「…馬鹿じゃないの三木」
「馬鹿はおまえだろ。あとおまえが全面的に悪い」
「どうして」
「一人で虚と戦い援軍要請を怠る暴挙。おまえ、タカ丸さんが怪我したことに怒ってるとは思ってないよな」
「それはさすがに」
「おまえが無傷だろうが腕なくなってようがタカ丸さんは怒るぞ」
「三木、タカ丸さんが怒ってるの見たことあるの」
「ない。でも想像くらいはできるだろ」


今日という日がなくてもわたしは想像できるだろうか。さっきの彼を思い出してしまってそれしか考えられなかった。三木の頭の中では一体どんなタカ丸さんが思い描かれているのだろう。


「増援が望めないほど八番隊は忙しいのか」
「…んん、今日はわたしの小隊以外は任務なかった」
「ほら。連絡すればよかったんだ」


任務以外での虚退治は情報も何もないから危険だ。伝言するため地獄蝶を使う暇もなかったわけじゃない。ぽんっと頭に手を置かれそのまま撫で回された。髪がぼさぼさになる。


「そろそろ非を認められるようになったか」
「…うん」
「人を守ろうとしたのはいいことだ」
「次からはちゃんと連絡する」
「そうしろ。あと隊長の言うことはもっと素直に聞いとけ」
「同期だといろいろあるのだよ」
「この調子じゃおまえらの喧嘩のたび動員させられる僕たちの身にもなれ」
「…僕たち?」


ぴたりと止まった手、同時に三木がため息をついた。


「今頃滝夜叉丸と喜八郎がタカ丸さんをあやしてるだろうな」
「そうか…ごめん」
「まったくだ」


ふっと笑った三木に手を引かれ立ち上がる。タカ丸さんに謝らないと。


執務室に着いてタカ丸さんと目が合うとものすごいスピードで抱き着かれた。勢いに負けて倒れるとこだったくらいだ。「呼んで」タカ丸さんが蚊のような声で呟く。


「呼んでくれればすぐに助けに行ったよ」
「…すみませんでした」


パッと離れられ、真正面のタカ丸さんはにこっと笑って「許す!」と言った。力の抜けたわたしも笑う。周りの三木たちがやれやれといった感じに息を吐いたのが見えた。


005.「ぜったい1人で泣いてると思って」 top