この前聞いたタカ丸さんの過去、というにはなんてことない事実を、わたし以外の人は知らないのかと聞けばそうでもないらしい。隊長に就任してから割とすぐ鉢屋隊長や立花隊長には(問い詰められた末)話したらしい。あの二人は口も軽くないしーというタカ丸さんの判断だ。とか言っておきながら、もう秘密ではないのでどうでもいいらしいのだけど。


「そういえば、三木たちには言わないんですか?」
「え?」
「二年間の空白」


二年間の空白、それがタカ丸さんを謎の人物に仕立てあげる由縁である。こんなとこで突拍子もなく説明を始めるのもどうかと思うがどうかご了承願いたい。そしてあまりにどうでもいいことでがっかりしないでいただきたい。所詮わたしがこの人に対する呼び方を変えることと天秤に掛けられてしまうくらいのものだということを肝に命じておくように。

タカ丸さんの実家は髪結いを営んでいる。彼の父・斉藤幸隆さんはカリスマ髪結い師であり巷じゃ結構有名な人物である。まずタカ丸さんがこの人の一人息子であるということもこの前初めて知った。斉藤なんてのは瀞霊廷内にも五万といる苗字だから、誰もピンポイントで疑わなかった。寮制のため、仲のよかった三木たちですら彼の家に行くことはなかったのだから、他の誰も(タカ丸さん目的で)彼の家を訪れたことはないだろう。まあカリスマっぽい顔はしてるから妙に納得できたのだけど。ちなみにわたしは流魂街出身なので瀞霊廷内に構えている髪結い処斉藤の存在を知ったのは真央霊術院を卒業し八番隊に入隊してからである。

さてここからが本題なのだが、前にも述べたとおりタカ丸さんは立花隊長らと同期に入学している。元は幸隆さんのもと、髪結い師として日夜修業に励んでいたのだけども、ある日タカ丸さんの祖父・斉藤幸丸さんは実は元護廷十三隊の死神で更には八番隊の隊長も勤めていたという事実が突如発覚したそうだ。というかタカ丸さんだけが知らなかったらしく幸隆さんは「あれ、言ってなかったっけ?」と言う始末。それを聞いたわたしの感想といえば、 タカ丸さんが聞いたの忘れてたんじゃ… である。
とにかく、それを知ったタカ丸さんは当時死神というものにまるで興味はなかったそうだが、次第に気になるようになり、中流階級貴族の流れを継ぐ家系であるためもとから霊力があるとは知っていた上に幸隆さんに「おまえは斉藤家の中で一番霊力が強い」と断言されたのが背中の後押しになり、ある日突拍子もなく真央霊術院に入学した。それが立花隊長らと同期であった。

話がなかなか進まないがもうすぐである。入学を果たしたのはいいがそれまでタカ丸さんは日夜髪結い修業に励んでいた人間である。ある理由から幸隆さんに髪結いのことは話すなと言われていたのでその事実を当時知っている者はいなかったが、それでもタカ丸さんの髪結いの実力は中々だったと思う。(本人は照れながら「見習いだよ〜」と笑っていたが)そのタカ丸さんはいきなりスパッと切り捨ててしまった髪結いのことがずっと気になっていたらしい。やっぱり最後まで髪結いの修業はやり通すべきだ!と思い至り入学一、二ヶ月で霊術院をほっぽり出し髪結い修業に戻ったのだった。
なら退学届けを出せばいいのにと思ったのだがさすがはタカ丸さんといったところか、いらないものだと思ったらしく修業に励んでいた二年間、無駄に在学の記録だけは残っていたらしい。戻ってきてそのことに驚いたそうだ。当然進学出来ていないから、周りからは変な先輩という目で見られたけど実際は一、二ヶ月しか変わらない。まあわたしも覚えているが、座学は置いといて実技の成績はいつもトップクラスだったのでそういう意味で周りから馬鹿にされることはなかった。

にしてもタカ丸さん、何も考えず霊術院を蔑ろにしたわけではなく、戻って一生懸命頑張って、二年で一人前の髪結い師になることを決めていたらしい。そして心置きなく死神を目指そうと。タカ丸さんの決心どおり二年間の修業の末、無事幸隆さんに一人前と認めてもらい、霊術院に戻ったのだった。

「髪結いもできる死神になろうと思ったんだよ」話し終わったあとへにゃりと笑ったタカ丸さんの笑顔をわたしは一生忘れないと思う。結果、髪結いもできる隊長になったのだから、タカ丸さんの決心って生半可なものじゃないと思う。それに伴う努力も。

タカ丸さんは隊長になるまで、自分が髪結いできることを誰にも明かさなかった。髪結いという特殊なスペックは言われないと結び付かないものだし、自発的に幸隆さんとタカ丸さんを親子だと気付くのは無謀というものだ。だから誰からも疑われなかった、らしい。


「もう言ってもいいんじゃないですか?」


ソファの前に座らされ、大人しく髪を好きに弄ばれている状態で、わたしを足の間に置いてソファに座っているタカ丸さんに聞いてみた。二年間の事実を知ってからというものの何かにつけて、いやつけなくてもタカ丸さんはわたしの髪を弄るようになった。今までも色んな人の髪を色々してみたかったのだけど内緒だったから、やっと好き勝手できるといつもにこにこしているのだ。
見上げると丁度下を向いてたタカ丸さんと目が合った。ちょっと驚いてる。


「言ってなかったの?」
「え、まあ…」
「律儀だねえ。言っていいよ」
「あ、そうですか」


「ついでに三木ヱ門たちにもタカ丸さんって呼んでほしいなあ」余程わたしたちに斉藤隊長と呼ばれるのが嫌らしい。わたしも小さく笑って頷いた。





「それだけ?」
「うん」
「それだけのことを今まで黙っていたのかあの人は」


とある飲み屋で同期のメンバーが揃った。これでも勤務中なのでお酒は控え、オレンジジュースとつまみを飲み食いしながらタカ丸さんの過去を話すと横と前の二人は変な顔でため息をついた。確かわたしもそんなリアクションをとった気がする。斜め前の喜八郎はといえば、予想通り無反応でいかげそを噛み切っていた。
今まで黙っていたのは、説明するのが面倒だったのと、下っ端だと髪結いを頼まれて断れず実家に客が回らなくなるという幸隆さんの考え故らしい。隊長になった今や恐れるものは何もない。だから話したらしい。そしてわたしに話せば代弁してくれて楽そうだから話したらしい。…誰でもよかったんですねハイハイ。


「だからタカ丸さんは三木たちにもタカ丸さんと呼んでほしいそうだよ」
「ああ、まあそっちの方が僕たちも楽だし」
「ねー」


喜八郎が適当な相槌を打ったところで、ふっと立花隊長と鉢屋隊長を思い出した。タカ丸さんの過去を知って、誰にも言ってないのだろうか。まあ説明めんどくさいし、あの人たちって自分に得がないと動かないしね。髪切ってくれと来ないのはタカ丸さんが自発的に乗り込むかららしい。きっとこいつらのとこにもその内乗り込みだすのだろう。


「タカ丸さんて変な人だよね」


喜八郎の台詞に二人がうんうんと頷いた。…おまえらに言われたくねえよ…。
けれどなんとなく、タカ丸さんの謎も解けて呼び方も昔に戻ったことによって、五人の絆が深まった気がしたのであった。


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