六番隊には他の隊と違い本だけの部屋がある。なんでも中在家隊長が大の本好きらしく就任と同時に隊舎に増設したらしい。それに伴い六番隊は一番隊と連携して任務の記録を書いた書類なども管轄するようになった。ということで種類もさまざまなここを利用する者は全死神と言っても過言ではない。かく言うわたしも調べたいことがあったので訪れた次第である。目当ての本は見つかったので受付で名前を書いて部屋を出ようとすると後ろから声を掛けられた。


ちゃん、今日暇?」


もちろんナンパとかではない。振り向くと今日の受付当番である不破先輩が困ったように眉を下げていた。


「はい」
「じゃあ悪いんだけど、兵助に本の返却急ぐように言っておいてくれないかな」
「いいですよ」
「ごめんね」


首を振って、部屋を出た。ここってその内図書室って名前になるんじゃないかなあ。





「失礼します」
「なんだ、三木ヱ門ならいないぞ?」


七番隊執務室に入ると隊士に聞いたとおり久々知隊長がいた。彼の返答は普段のわたしなら あ、そうでしたか と引き返すものだったが今回はそうではない。ていうかいつの間にわたしが来るイコール三木に会いに来たみたいな図式が出来上がったのだろう。確かにこの人自体に用があって来たことは片手で数えるくらいしかない。むしろ覚えがなくて数えられない。持っていた本を持ち直して姿勢を正す。


「いえ、久々知隊長にご用が」
「俺に?」
「不破先輩に本の催促を言付かりましたので」
「…ああ!忘れてた。えーとどこやったかな」


久々知隊長は立ち上がり近くの本棚を探し出した。わたしも探した方がいいだろうか。自分の借りてきた本を応接用のテーブルに置いて、辺りを見回すとすぐにソファの下から明らかに本と思われる物体の角が出ていた。しゃがんで拾ってみる。…これはさすがに久々知隊長の私物だろう。


「…豆腐料理」
「そうそう豆腐料理第一部って本なんだけど――ってそれそれ!どこにあった?」


「ソファの下に」若干引き気味に答えるとそれに気付かない久々知隊長は、え、と少し驚いたように漏らしてから「この前読んで置いといたら落として蹴ったんだろうな」とまるで現場を見ていたかのように的確な推理をしたのでわたしは引いたまま素直に相槌を打ってしまった。多分読んで置いといた人は久々知隊長で、落として蹴ったのは三木だろう。あいつ自分のすきな物以外基本雑だから。豆腐の本なんて、どうでもいいこと其の二百ぐらいだろう。


「でもこれ、久々知隊長の私物かと思いました」
「やあ、俺も欲しいんだがな。中在家先輩に頼んでるんだが譲ってくれなくて」
「そんな高価なんですか?」


これが本当に貴重な物ならもっと丁重に扱うべきだ。三木が無意識に落として蹴ってしまうような場所に置いとくべきでない。おまえの本棚は節穴か。ぱちぱちと目を瞬かせる久々知隊長を非難した目で見遣るとその人は顎に手を当てた。


「そうだな、高価かもしれない」
「かもしれないって」
「俺はこれの二部と三部までは持ってるんだ。でも一は結構昔に出版されてて今は出回ってない。どこを探してもなくて、初めて見つけたのが六番隊のあの部屋だったんだ」
「…今のは豆腐料理で三部まで出てることに突っ込めばいいんですか」
「は?」


まあいい。レアだから高価ってことなんだな、まあ豆腐料理本なんかの原価が高いわけないか。そりゃそうだ。もう用も済んだことだしそろそろお暇しようか。「いいえ、では失礼します」三十度のお辞儀をして出入口に向かった。


、忘れ物」
「はい?」


振り返ると腰を屈めている久々知隊長が見えた。……あ!


「すっすみません!」
「おまえも料理本じゃないか……あ?」
「ぎゃあああ見ないでくださいいい!!」


わたしの借りた本を久々知隊長が眺める。なんという羞恥プレイ!「初心者のためのレシピ20」なんて自分女ですが料理できませんこれからこっそり頑張ろうとしてましたてへ☆アピールやんけ。恥だ。死ねる。あっさり返してくれたが久々知隊長の顔には驚いたと書いてあった。不破先輩は優しいから何も言わなかったけどこの人馬鹿にしてる。絶対してる。おまえ料理できないのかよって顔してる傷ついた。わたしは傷ついた。そもそも本を借りた足でここに出向いたのが間違ってた。一回自分ん家戻ってから来るんだった。「料理できるのか?」は?このタイトル見てわかんないのかこの人。できなくて、できるようになろうと思ったから借りてきたんですけど。


「でき、」
は料理できないと思ってた。下手そうだ」
「……(天然って罪)」
「できるなら今度豆腐料理作ってくれ。二部と三部ならいつでも貸すぞ」
「…検討します」


首だけお辞儀をして颯爽と執務室を出た。久々知隊長って霊術院時代から優秀って聞いてたけどもっと人の気持ちを読み取る能力を培うべきだと思う。思ったことそのまま口にしたんだよなあれ。失礼すぎる。


「あれちゃんだ」


とぼとぼ帰り道を歩いているとタカ丸さんと鉢合わせた。見たところタカ丸さんもどうやら六番隊に行っていたようだ。「タカ丸さん何の本借りたんですか?」聞いてから、しまった、と思った。「物語だよー。ちゃんは?」聞いたら聞き返されるのは当たり前だろ馬鹿!上手い嘘も思い浮かばず、正直に「料理の本です」と答えた。初心者向けと言わなかったのは許してほしい。


「ええっちゃん料理できるの?!」
「え、いや」
「絶対やりたくてもできないタイプだろうなーって思ってた!不器用だし!」


おい斉藤タカ丸。


「…今までやったことないですけど、これからやろうかなーって」
「へえ〜そうなんだ、頑張ってね」


頑張ってね(どうせできないだろうけど笑)とは取れないタカ丸さんの応援にへこへこしながら笑った。久々知隊長もだったけど、この人の台詞は本気で相手を貶しているようには聞こえない。二人とも思ったことそのままポンと口に出してるからそれ以外余計な考えが篭ってない。だから怒れない。いや怒りたいけど。
にしてもどうしてわたしは周りから料理ができない奴だと思われているのか。不器用っぷりを誰かに晒したことないんだけど。「あ、ねーちゃん」並んで歩くタカ丸さんがわたしに顔を向ける。


「料理できるようになったらご馳走してよー」
「え、ああ、まあいいですけど」


「やったー」とほんわか笑うタカ丸さんに苦笑いしながら、頑張って練習せねばと決意するのだった。


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