三木に出会い頭渡された書類を抱え執務室に戻ると隊長は机に伏せた状態をキープしていてつまるところ寝ていた。数年前からこの光景を見てきたわたしとしてはよくあることなので形式張ったわざとらしいため息をついてスタスタと隊長の前まで歩を進める。すーすーと穏やかな寝息に合わせてわずかに肩が上下しているのもいつものパターンだ。話は飛ぶが、尸魂界にはいろんな人がいるけどこの人のこんな綺麗な金髪は珍しい。三時の日差しが隊長の髪に天使の輪を作っている。
そんなことはどうでもいい。腹いせに厚さ一センチの書類の束を軽くだけど隊長の後頭部にぶつけてやった。


「隊長起きてください」


するとゆっくり目を開けてゆっくり起き上がる一連の行動もいつもどおりだ。隊長は容姿がとてもよろしいので、基本何をやっても可愛いかかっこいいに分別される。


「ああおはようちゃん」
「もう三時ですよ」
「え…ほんとだ」
「どのくらい寝てたんですか」
「んー……ふああ…それより三時のおやつにしようよ」
「休憩は終わりです。隊長これ七番隊から回ってきましたよ」
ちゃんケチ」
「誰のせいだ」


わたしが顔をしかめると隊長はふにゃりふにゃりと笑って「ごめんね」口だけで謝った。呆れたようにまたため息をついて書類半分を隊長に渡す。
斉藤隊長は護廷十三隊の中で一番新米の隊長だ。それまでは七番隊の久々知隊長の元で副隊長をやっていたのでその頃の話をよく久々知隊長から聞くのだが当時から事務仕事は得意じゃなかったらしい。きっと半分渡した書類もその内半分をわたしが片付けることになるのだろう。それももう慣れてしまったことだ。慣れって怖い、とよく言うけど本当にそのとおりで、わたしはデスクワークを牛耳ってるのが自分だという現状にもはや何の疑問も抱かなくなっている。ふと八番隊の行く先が不安になったりはするけども。


「ねえちゃん」
「はい」
「敬語使わなくていいよ」


それは前からよく言われてることだった。でもこれこそ慣れで、真央霊術院時代からこの人には敬語で接するのが普通だったから今更タメ語を使うのはどうもむず痒いのだ。たとえ同期に卒業し同じ扱いを受けていたとしても、この人は先輩なのだ。そのおかげでわたしたちと同期の三木や滝もこの人には敬語を使う。それが普通だ。


「今更ですよ。しかも今はわたしの立派な上司ですし」
「え、俺そんな立派?」
「そういう意味じゃないです」
「ねえじゃあ隊長って呼ぶのやめて」
「え」
「タカ丸」
「タカ丸隊長…てことですか?」
「違うよ〜タカ丸…うーんじゃあ前みたいにタカ丸さんでいいよ」
「…いや、だから隊長はわたしの上司」
「あ!じゃあさ」


ここまで食い下がられたのは初めてだ。わたしの台詞を遮り立ち上がった隊長は大分身長差のあるわたしの顔を覗き込んだ。この人はときどき顔が近い。


「俺がなんで二回も真央霊術院の進級失敗したか教えてあげる。ちゃんも知りたがってたよね?」
「え」
「その代わりちゃんは俺のことタカ丸さんって呼んで?」
「……」


傾げた仕草に逆らえず頷いてしまった。すると嬉しそうに笑うのでわたしは恥ずかしくなる。
でもわたしとしてもこの人のその謎は知りたかった。初めて霊術院で会ったときから不思議に思っていたのだ。周りの人も思っていた。でも本人に聞いてもはぐらかされてしまいどうも答えたくなさそうな雰囲気を醸し出していたので、割と早くに何か深い理由があるんだと察して皆聞かなくなった。その代わり根も葉も無い憶測が噂の如く飛び交いこの人は学年を問わず有名人となった。なまじ才能があったので尚更だ。どうも善法寺隊長方と同期に入学したらしいので、何もなければもっと早く彼らと並んで文字通り立派な隊長にでもなっていたことだろう。
今まで聞いてもはぐらかしてきた、そんな重大なエピソードを、わたしが呼び方を昔に戻すことなんかと天秤に掛けていいのだろうか。


「でもそれじゃあ不釣り合いじゃないですか」
「そう?」
「だってそんな大切な話…」
「大切な話ではないよー」
「え?でも今まで誰にも言ってないくらいだから」
「言い触らすことでもないからさあ」


……なんだと?


「他言無用とかでは」
「全然!みんなが噂してるようなのじゃないよー」
「はあ、」


じゃあ三時の休憩がてら、と応接用のソファに移動した隊長を訝しげに目で追う。手招きをされそこに座ってからやっと、あ、流されたと気付いたわたしはまだまだこの人には勝てないのだろう。


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