08

わたしが坂上くんの悪口を言っていたという噂が流れてるらしい。お昼ご飯を一緒に食べていた友達が何か言いたそうにしていたので聞いてみると、二人は目を合わせ、事の経緯を説明してくれた。
坂上くんはかっこよくないだとか、性格悪いだとか、以前不親切なことされただとか、ああいう人とは絶対付き合いたくないだとかそんなことを言ったのを誰かが聞き、それについての又聞きが繰り返され一部の生徒に広まってしまってるのだそうだ。噂がすきなお年頃というのか、目の前の彼女たちは良くないことを言ってたというわたしに対して軽蔑の眼差しを向けることはなく、っておとなしいタイプだけど案外バッサリ言うんだね、と笑っていた。しかし、そうは言われても身に覚えのないことなので目を点にするしかない。


「知らない、そんなの」
「え?まじで?」
「人違いだよ、だって…坂上くんってサッカー部の坂上くんだよね。わたし関わったことないよ」
「違う、それ坂田。坂上は陸上部だよ」
「え、なにまじで人違い?」


困惑の表情を浮かべる二人に、頭の中で坂田くんを消して坂上くんの顔を思い起こした。こっちが坂田くんだと思ってた。本物の坂上くんはどこのクラスだったか、なにぶん他クラスに疎いので把握できてないのだ。足が速くて有名だった気がするけど、でもやっぱり、関わったことは一度もなかった。


「なんだあ、ガセか」
「私も又聞きだからわかんないけど、でも陸部の人が言ってたから信じてたわ」
「陸部の人が言ってたの?」
「うん。あ、だから…坂上も知ってるんじゃないかって」


一瞬心臓が止まったように感じた。途端に背筋が冷える。悪口が本人に伝わってるというのだ。「えっ、え、どうしよう」突然慌て出したわたしに二人はきっと大丈夫だよと励ましてくれたけど、自分の悪口を知ってしまうなんて坂上くんがいい気分なわけがない。しかも悪口の内容も容赦がない。人の噂は七十五日というから放っておけば大丈夫、なんて楽観視できないし、誤解だからといって、わたしがそれを訂正したところで信じてくれるだろうか。坂上くんとはどんな人だろう。本当にわからない。機嫌を損ねてたらどうしよう。


「でも嘘なんでしょ?」
「うん…」
「なら堂々としてなってー。悪くないんだし」
「火のないところに煙は立たぬって言うけどね」
「…ここ、容赦ないね」
「似たようなこと言ったとかないの?」
「ないよ!ほんとに…」
「まあ、だよね。が人の悪口言ってるの…あ、先生の愚痴言うくらいだもんね」


にまっと笑う彼女に苦笑いする。一度も誰かの悪口を言ったことがないというのはさすがに極端すぎるし、彼女の言う通り先生への不満を漏らすこともある。けれどやっぱり、どうねじれてもそんな噂が流れるようなことは言ってないのだ。
「だから最初聞いたときまじで?!って思ったあ」友人が言ったのを最後にこの話題はお開きとなった。噂話とは得てして移り変わりの早いものだ。当事者を除いては。


昼休みが残り十五分となったところでトイレから教室に戻ってくると、入り口からタイミングよく誰かが出てきた。普段なら特に気にせずただすれ違うだけなのだけど、自分の悪い印象が広まってるのかと思うと周囲に敏感になってしまい、つい、ちらりと相手の顔をうかがってしまった。
それに後悔したのはすぐだった。目の合ったその人は、同じクラスの陸上部の人だったのだ。一瞬ひるんだわたしに気付くと彼は「おっ」とあからさまな好奇心を見せ立ち塞がってきた。


「ねえさん、坂上に何されたの?」
「、……」


やっぱり、と思う。陸上部の人は知ってるんだ。誤解です、なんて訂正する隙を与えないその人は、聞いてもないのに噂の内容やそれが広まった部内の様子をペラペラと話し出した。嬉々と語る彼の顔は見れない。俯き自分のつま先をじっと見つめて耐えていると、いわれのない非難にだんだん目の奥が熱くなってきた。

「坂上怒ってたよー」とどめと言わんばかりの言葉に、じわりと視界が滲んだ。