07

花宮は純朴な幼なじみをサンドバッグにしてストレスを発散させてると言うが、近くにいる俺たちからはそうは見えてなかったりする。双方の主張こそそれで一致してはいるものの、実態は違うと思うわけだ。泣いてる彼女の頭を撫でるそいつの後ろ姿を眺めながら、傍観を決め込む俺は風船ガムを膨らませる。

花宮が悪どい笑みを浮かべるときは大体バスケ関係か、幼なじみのさんを陥れる悪だくみをしているときだ。奴とつるむようになって一年と少しの俺たちですらそれがわかるというのに、当事者のさんは十六年ハメられ続けてもわからないらしい。確かに花宮は賢いし己のスペックを持て余すことなくその扱いにも長けてるけど、にしたって彼女の学習能力のなさには花宮でなくてもバカと言いたくなるだろう。俺がさんの立場だったら花宮が話し掛けてくるたびに身構えると思う。
まあもちろん、花宮は巧妙に罠を張り巡らせるから、引っかかってしまう気持ちもわからないでもないけど。こうして花宮は彼女を泣かすことでストレスを発散し、泣かされた彼女は優しくしてくれたそいつを懲りずに信じるのだ。ここまできたらきっと、何度痛い目に遭っても学習しないだろう。


「かわいそーに」
「あ?」


赤い目のまま自分の教室に帰って行った彼女はどうせ、次の日にはまたいつも通り花宮に屈託のない笑顔を向けるんだろう。かわいそーにっていうのはこういうときに花宮に声を掛けるための台詞であって、実はあんまり思ってなかったりする。


「もっと大事にしてやんなよ。幼なじみなんだから」
「おまえがそんなこと言うとはな。思ってもねえクセに」
「あり、バレた?」


こいつがさんをサンドバッグにしてる「だけ」という主張に説得力があるのは、花宮自身があまりに彼女に対してこだわりを見せない点にあると思う。彼女について何かもったいぶる素振りも、大事にしてる様子も窺えない。試合で主力を潰すことに罪悪感を感じないのと同じように、彼女を罠にハメることにもまるで頓着しないのだ。
だから一見、花宮はさんをストレス発散の手段としてしか見てないように思うが、やはりそうではない。花宮の無頓着な部分は、おそらくこいつの先天的かつ重度のひねくれ具合によるものだと思う。つまり、以前にも言ったように、愛情表現が歪んでるのだ。
昼休みの残り時間をそんな茶番に充てていると、クラスの男子生徒が近づいてきた。声を掛けられる前に二人してそちらを向く。


「なあ、花宮ってさんとどういう関係?」


単なる好奇心からじゃなさそうな雰囲気を醸すそいつの質問に対し、花宮は眉尻を下げ首を傾げた。口角はバカにしてるように吊り上がってるけど不自然じゃないレベルなので相手は気付いてないだろう。


「知らない?幼なじみなんだけど」
「付き合ってたりしねえの?」
「どうして?」
「……いや、よく一緒にいるから」


さんは決して美人とか特別可愛い部類には入らないしモテるタイプでもないけれど、やっぱり涙は女の武器というのか、泣いてる彼女を見て庇護欲に駆られる男は数名いる、らしい。俺からしたら武器の使用回数が多すぎてデフレを起こしてると思うけど、それは花宮と近しいからであって、一同級生とかだと彼女の涙はまだ希少価値があるようだ。
とにかく、どうやらさんに興味を持ったこいつは花宮との関係を勘ぐってるらしい。まあ、そうなるよな。実際はそんなことないんだけど仕方ない。だって普通に怪しいし。


「そういうのはねえよ」
「あ、そうなのか」


あからさまに表情を明るくした男に腹を抱えて笑いたくなる。ならちょっと狙ってみようかなとか思ってんだろ、わかりやすすぎ。花宮にもバレバレだかんね。そんなん許すわけねえっしょ。


「じゃあ俺、さ…」
「でもは俺にとって大事な奴だよ」


今度はわかりやすく表情が固まる。先に牽制しようとしたのが見事カウンターを食らったのだから無理もない。かわいそーに、とまた思ってもないことを考えにやにやしてしまう。誠実であるかのように相手を見据える花宮の台詞は疑いようがない、と思われるだろう。それが教室での花宮真だ。


「……え、花宮おまえ、さんのことすきなん?」
「そこまでは言ってねえよ。それより悪い坂上、何か言いかけてなかったか?」


白々しくも澄まし顔で問いかける。渋い顔を作った坂上は「いや、べつに」と言って去らざるを得なかった。赤子の手を捻るようにいともたやすく追い払った張本人をちらりとを見るとそいつは勝ち誇ったように鼻で笑っていたので、その神経の図太さに拍手を送りたい気分になった。こいつの周りはいい意味でも悪い意味でも賑やかで飽きない。


「成績優秀スポーツ万能、およそ非の打ち所のない花宮くんとじゃあ勝負は見えてるってね。ちょっといいかも程度じゃ諦めるのは当然だよな」
「俺に情報求めたり釘さそうとする時点で大した男じゃねえよ」
「なに、おまえが認めた奴だったらさんあげてもいいわけ」
「ふはっ。んなわけねえだろバァカ」


背もたれに寄り掛かった花宮はさも当然というように笑みを浮かべる。「俺を通さねえ奴はそれなりに使ってやるんだよ」以前そういうことをしたのか、多分聞けば教えてくれるだろうから今度聞こうと思う。最後は確実にさんを悲しませる結末に持っていったのだろう。彼女の泣く姿は容易に想像できた。

とどのつまり、花宮はさんを他の男にやるつもりは毛頭ないのだ。あんな風に虫除けまでしちゃって、もうそれ、ストレス発散の域越えてっからね。こいつのことだからまさかわかってないわけないと思うけど。もうおまえ、確実にさんのことすきっしょ。とか言っても素直に認めてくれないんだけど。


「花宮楽しそーだね」
「楽しいさ。あいつは俺がいる限り幸せにはなれない。これ以上愉快なことなんてねえよ」


花宮はさんを不幸にしたいって言うけど、それだけじゃなくて、自分だけが彼女を幸せしてやりたいって思ってるように見えるんだよね。そういうの鈍いさんは絶対気付かないだろうからずっと泣かされ続けるんだろうけど。歪んだ愛情を一心に注がれるあの子はやっぱり少しかわいそーかもしれない。