06

傍から見るとそんなんだから、わたしと花宮くんの関係を勘ぐる人はたくさんいる。期待に答えられずごめんなさいなのか、違くてよかったですねなのか微妙なところだけど、二人にそんな雰囲気はまったくないので聞かれても首を振るだけである。ただの好奇心で詰め寄られるならまだいいけど、少なかれ花宮くんに好意を抱いてる女の子なんかに問い詰められたりすると対応に困ってしまう。わたしの否定にほっとする彼女たちは「花宮くん優しいもんね」と言って二人の関係に納得するのだ。わたしがよく彼に慰められてることに関して。
花宮くんは優しい、…優しい?つい首を傾げてしまいそうになるのを、これ以上厄介事にならないようにピンと背筋を伸ばす。自分の中では肯定か否定、どちらか綺麗に答えが出せなかった。でもそれは花宮くんに好意を抱いてる彼女たちにはどうでもいいことなのだ。だからわたしは適当に言葉を交わし逃げる。「そうだね花宮くんは優しいよ」優しいだけじゃないけどね、までは言わない。


「花宮くんと付き合ってるのかってまた聞かれた」
「誰に?」
「花宮くんのクラスの子だと思う。髪の毛黒くて長い子」
「ああ、なんとなくわかった」


斜め上を向いた花宮くんを見る。今日は花宮家で二家族が揃って食事をしたので、そのまま部屋にお邪魔しているのだ。花宮くんは明日の宿題をやってるらしいけど無視して話し掛けてみたら案外普通に返してくれた。ベッドに座り手持ち無沙汰のわたしは枕をクッション代わりに抱きかかえている。


「よく花宮くんがわたしに優しくしてあげてるから思ったんだって」
「へえ。大正解じゃねえか」
「その前に花宮くんが原因ってこと知らないからそんなこと言えるんだよね」
「ふはっ。おまえはいい子ちゃんぶってるから言えないもんな」
「…いつか言ってやる」


とかいって言えた試しがない。どうしてだか、言いたくないと思うのだ。もし言っても信じてもらえないとか、言って花宮くんが幻滅されたら嫌だというのが理由なんだと思う。酷い仕打ちを受けるたび暴露してやると思うのに未だに実行に移せていない原因はそれなんだろう。バスケ部の原くんとかは花宮くんのこういうところやわたしをサンドバッグにしてストレスを解消してることも知ってるけれど、他のクラスメイトだとかは知らないからわたしと花宮くんが付き合ってるなんてのん気なことを思うのだ。「まあせいぜい頑張るんだな」馬鹿にしたように鼻で笑う花宮くんをジト目で睨みつけても効果はない。
彼に言わせると、わたしは人の悪口を言いたくないんだそうだ。いい子ちゃんぶってるから。どうして花宮くんがそんなことわかるんだと思うけど確かに言いたくないから多分花宮くんが合ってる。だからわたしはこの先も、彼からの仕打ちを公言できないのだろう。

コンコンとドアを叩く音がする。瞬時に先ほど二階に上がる際に言われたことを思い出し、はい!と威勢良く返事をして立ち上がった。抱きかかえてた枕はベッドに放り投げる。入り口の方を見るだけして無反応の花宮くんの後ろを通りドアを開けると、思った通りトレーに二人分のケーキと紅茶を乗せた花宮くんのお母さんがいた。


「ありがとうございます!」
「いいえー。真、ちゃんいるのに勉強してるの?」
「何してようが俺の勝手だろ」
「それじゃちゃんがつまらないでしょう。ねえ?」
「あ、大丈夫ですよ」
「そう?ならいいんだけど。ゆっくりしていってね」
「はい!」


花宮くんのお母さんはふんわりとした可愛い人で、トレーを渡すと手を振って一階に降りて行った。母親二人は今日、お昼の番組で紹介されていた人気のケーキ屋さんに行ってきたらしい。ショートケーキが自慢のお店のロゴがプリントされた小さなカードが生クリームに刺さっている。書いてある筆記体の英語は読めないけれど、高級感が出ているなあと思った。
さっき座っていたベッドで食べようと花宮くんの近くに行くと、頬杖をつきながらシャーペンを動かしていた彼は手を止め顔を上げた。


「おまえベッドで食う気?」
「え、うん」
「絶対汚すだろ。あっち座って食え」


そう指差されたのは一人掛けのソファだった。ああ、と思い頷く。その隣には小さいテーブルがあるので丁度いいだろう。


「花宮くんのはここでいい?」
「トレーごとそっち持ってっとけ。あと一問で終わるから」
「はあい」


言われた通りにソファの方へ行きテーブルにトレーごと置いた。クラスが違うから花宮くんがやってる宿題の量や難易度はまるでわからないけど、さっき覗いたら数学だったのはわかった。他クラスと同じ教科担任はいても数学は花宮くんとは違う先生で、二年に上がりますますわからなくなっていく数学に思いを馳せると気が遠くなった。
紅茶とケーキには手を付けず膝を抱えて待っていると、花宮くんはものの一分程でシャーペンを置きこちらに来た。近くにベッドがあるのでそこに腰掛けた彼に汚れないのと聞こうと思ったけど、その懸念はわたしだからであって花宮くんがうっかり紅茶やケーキを零すような事態は想像できなかったので黙っていた。


「砂糖とミルク使っていい?」
「どーぞ」


本当は聞かなくてもわかってる。花宮くんは紅茶には何も入れないし、わたしがシュガースティック二本とミルク一つ入れることを花宮くんのお母さんは知ってるから、いつもトレーにそれらをきちっと並べて乗せてくれるのだ。にこにこしながら砂糖とミルクを全部入れティースプーンでぐるぐるかき混ぜると、花宮くんはそれを見て露骨に顔を歪めた。


「いつ見てもキモいな」
「花宮くんも一度飲んでみなよ。おいしいよ」
「いらねえ。どう考えても入れ過ぎだろ」
「これがベストなんだよ」


紅茶もコーヒーも何も入れないでは飲めない。どうしても口に残る苦さが駄目なのだ。ミルクティーもコーヒー牛乳もすきだと言うと花宮くんは馬鹿にしたように笑った。
ティーカップとお揃いの皿を取り、そこに乗ったショートケーキにフォークを刺し一口食べると、なめらかな甘さが口に広がった。とてもおいしい。さすがは番組で取り上げられただけのことはあるなあ、二人の母に感謝だ。
……あ、お母さんといえば。先ほどのやりとりを思い出し花宮くんに顔を向ける。彼も同じようにケーキを咀嚼してるところだった。


「そういえば、おばさん呼び方変えたの?」
「変えさせた。人前でも平気で呼んでくるからなあの人は」
「ああ…前はまこちゃんだったもんね」


確かに花宮くんのキャラではない。あまり外で花宮くんとおばさんが並ぶことはないけれど、もし呼ばれたら恥ずかしいだろう。花宮くんみたいなタイプの男の子だったら特に。個人的には可愛い呼び名だったから結構気に入ってたんだけどなあ。呼称とは随分とかけ離れた成長を遂げてしまったものだ花宮くん。しみじみ思ってると伝わったのか、彼はやはり小馬鹿にしたように笑った。


「それを言うならおまえも前は真くんだったじゃねえか」
「あ、そうだね」


今の呼び方にすっかり慣れてしまって忘れがちだけど、それは中学に上がると同時にやめてしまったのだ。小学校で散々からかわれたおかげでわたし自身呼ぶのが恥ずかしくなってしまい、それにプラスして「これから花宮くんって呼ぶね」という宣言は半ば彼に対する反抗だった。虫の居所が悪かったのか、久しぶりに仕返しをしたのだ。いつも泣かされるだけじゃないんだぞと。自分で言うのもなんだけど、飼い主の手を噛んだつもりだったのだ。
そのときの彼のリアクションは覚えてないから、多分花宮くんはわたしが期待した反応はしてくれなかったのだろう。きっと何を期待されてるかわかっててもしてくれなかったに違いない。花宮くんはそういう人だ。結局、そんな反抗も無意味で、呼び方だけが変わって二人の関係は何も変わらなかったのだけど。

今となっては意識することでもない。花宮くんは紛れもなくわたしの幼なじみで、当然名前で呼んだって何もおかしくないし、高校じゃからかわれることもないだろう。いくらいじめられても懲りずに彼と仲良くしたいと思ってるくせに、自ら距離を置くようなことをしたことに気が付いた。現に花宮くんは今でもわたしを名前で呼んでくれてる。


「戻した方がいい?」
「どうでもいい。それにンなことしたらまた厄介なことになんだろ、多分」
「厄介なこと?」


なるかな、と考えてすぐに思い当たった。さっきまで話してたことに繋がるのだ。絶対、付き合ってる、いいや、付き合い出したのかとか聞かれるに違いない。わたしが名前で呼び続けていたらそんな憶測は流れなかっただろう。でも今変えたら、わたしたちの関係に変化があったのかと思われてもしょうがない。ああ、もったいないことしたなあ。


「そうだね。やめとく」
「…そうしとけ」
「花宮くんも聞かれたりしない?」
「たまにならあるな」
「だよね。ちゃんと否定してるよね?」
「当たり前だろ」


間髪入れず返された答えに、つんと心臓が痛んだことには気付かない振りをした。