05

すっと目が覚め、帰ってから即行でベッドに寝転がったことを思い出した。丁度いい仮眠時間だったのか、元来目覚めがいいこともあり頭ははっきりと冴えていた。眼前に広がるのは壁のみで、自分がどのくらい寝ていたのか確認しようと枕元に置いた携帯に手を伸ばそうとした、そこでやっと背中に感じる何かの存在に気が付いたのだった。

何だ一体、とロクな推測を立てる前に上半身だけを捻り背後を覗き込む。そして黒い脳天を確認すると、途端にはあ、と脱力した。……なんでこいつがいんだよ。見慣れたそれは間違いなく、幼なじみののものだった。

起き上がり、当初の目的である時刻を確認する。七時半、寝てたのは一時間くらいだな。頭を掻きながらボタンを押して画面を消す。さて次の問題だ。


「なんでいんだよこいつ」


未だ眠るを見下ろす。無意識に顔をしかめてしまうのも無理はないだろう。なんでこいつが俺の布団に潜り込んでんだ。あ?つーか俺布団掛けた覚えねえんだけど……ああこいつが掛けたのか。で、なんでいんだよ。そんでなんで寝てんだよ。
今までにこいつが俺の部屋に押し掛けてきたことは山ほどあるが大体は俺が陥れたことに対する文句を言いに来るもので、他にも勉強を教えてくれだとかいろいろあるがどうにもこの状況には結びつかなかった。マジで何なんだ。考えるよりも起こす方が先決かと思い、ぐーすか寝こけるの頭に手刀を振り下ろす。ゴスッと微妙な音が響くと共に目を覚ました。患部に手をやり、何度か瞬きをしている。


「……痛い」
「痛いじゃねえよ。人の布団で勝手に寝やがって」
「んー……」
「おい起きろバカ」
「ん…」


また寝始めそうだったの肩を揺すると彼女はぼんやりとした目つきで俺を見上げ、それからゆっくりと上体を起こした。昔から寝起きの悪かったは起き上がったものの依然目は半分寝ている。体育座りが昔からの癖で、椅子なんかに座ってもすぐに足を曲げるこいつは今もそれを忠実に実行し、そして膝に額を乗せた。おいてめえ、と思いながら視線を逸らすと、足を曲げた拍子にずり落ちた掛け布団から白い足が見えていた。………。


「おまえ制服で寝てんなよ」
「…んー…忘れてた」


こいつ……。終始うんざりした視線を送っているわけだが、一向に気に留めないにいい加減イラついてきた。俺に対してだけか、こいつは警戒心というものをまるで持たない。俺の言うことをほいほい信じるのもそうだが、今みたいに傍から見たらやばいんじゃねえかっていう状況でも自己防衛を働かせることをしない。信頼?バカか。ンなもん築くような仲じゃない。俺が何回陥れたと思ってんだ。むしろ俺に対してだけ警戒心が培われてもおかしくないぐらいだ。もちろん、培われたところでその隙間を掻い潜って陥れるつもりだが。


「おら、降りろ」
「痛い痛い」


埒が明かないからととりあえずベッドから降りさせる。腰辺りを蹴って催促するとはのろのろと降り、床でまた膝を抱え丸まると「あと三十分寝れた」とか何とか呟いた。


「何しに来たんだよてめえ」
「あ、タオル返しに」
「……ああ」


顔を上げた彼女と同じ方向を見遣ると、机の上には昨日貸したスポーツタオルが置かれていた。それを眺めて、月曜のの泣き顔を思い出す。さすがに学校で大声をあげるほど派手に泣くのは憚られたのか、嗚咽を漏らしながら涙を流していた。

泣いている彼女に思うことは昔から変わらず、俺の手でこいつは不幸なんだと、そういう愉悦の感情しかなかった。俺に慰めを求めにくるようにしたのも、次にまた陥れ易くするため。仕掛けた罠に綺麗にハマるに対して、罪悪感を感じたことは一度もなかった。

ふと視線を逸らすと、が俺を見上げているのに気が付いた。何も言わずじっと見てくるときのこいつは大体俺の様子をうかがっているだけだ。いくら考えたっておまえに俺の思考は読み取れないだろうに、懲りねえな。懲りなくさせてるのは紛れもない自分なのだが。


「下行くからおまえももう帰れよ」
「…うん」
「タオル、ありがとな」
「!、ううん!わたしこそありがとう!」


途端に表情を咲かせたの頭を撫でそのまま部屋を出ると、後ろからついて来るのがわかった。何をやったって、俺が少し優しくすればまた信じてしまう。何回泣かされたって学習しないこいつは俺が何度でも不幸にしてやる。幸せになんか絶対してやらない。

これが愛情だって?笑わせんなよ。