21 大会は大会でもその前に予選があるらしく試合日時までは会話の中で知ることができたのだけど、わざとだろうか、試合会場までは教えてくれなかった。しかし調べてみるとすぐに出てきたので特に問題はなく、わたしは花宮くんに内緒で試合を見に行くことにしたのだった。 どうして急に思い立ったのかわからないけど、最近花宮くんが気になって仕方ないのだ。無事会場に着き、眼下のコートを見下ろすとまだ試合は始まっていないようだった。何度か見たことのある緑色のジャージがうちの高校だろう。目を凝らすと花宮くんが見え、授業で習ったことのあるシュートを軽々決めていた。 やっぱり花宮くんてかっこいいよなあ、ととても素直に思った。それから、とりあえず座る場所を探そうとコートから背を向ける。 「?」 反射的に声のした方を向くと、そこには懐かしい人物が立っていた。一瞬思考を巡らせ、名前を引っ張り出す。中学時代の引き出しから出したその人を思い出すのは随分と久しぶりだった。 「今吉さん、」 「やっぱか。三年ぶりやのう」 「そう、ですよね。お久しぶりです…」 間違ってなくて安心した。中学時代、花宮くんの部活の先輩だった今吉さんだ。関わったことはあんまりなかったけど花宮くんがこの人を苦手みたいにしてたのが珍しくて記憶に残っていた。ここにいるってことは、この人もバスケを続けていて、花宮くんたちの試合を見に来たのだろうか。目を向けると今吉さんは気が付いたのか「ワシも見に来てん。ほれ、あそこに部員おるやろ」指した後ろの観客席に今吉さんと同じ制服の人たちが四人ほど固まって座ってるのが見えた。何人かがこちらを見ていたのでとっさに目を逸らし、目の前の今吉さんに視線を戻す。「今吉さんたちの試合は…」適当に切り上げるタイミングを見計らいつつ、会話を繋げる。 「ウチはもう本戦出場決まっとるで。今日は偵察や」 「あ、そうなんですか」 「…ちゅーかその制服、自分霧崎行ったん?なんでわざわざ花宮と同じとこに」 「え、それは、」 「まだ花宮にいじめられとるん?」 今の流れでどうしてそんなことを聞かれたのかわからなかった、けれど、慣れない、しかも先輩との会話にテンパっていたわたしは今吉さんの問いかけに従順に解答するしかなく、慌てて思考を巡らせた。 霧崎に行ったのは自分の意思だ。べつに花宮くんは関係ない。同じ高校だって知ったのは合格発表の日だったけど、たとえそれ以前に知っても霧崎志望は変わらなかっただろう。それくらい、霧崎第一という高校は中三のわたしにとって魅力的だったのだ。そして、結果として花宮くんと同じ高校になって、……同じ高校だったから、わたしは今でもいじめられてる。 「…はい」 肯定の返事に辿り着き素直に答えると、それを予想してたのか、今吉さんは何でもないように表情を変えず口を開いた。 「嫌なら逃げなアカンで。いつまでも花宮に付き合う理由もないやろ」 その言葉はわたしをハッとさせるのに充分だった。ほんじゃ、と片手を挙げ去って行く今吉さんに慌ててお辞儀をし、少し離れたところに着席する。コートでは既に選手の整列が済んでいた。 試合開始のブザーが鳴る。とりあえずボールを目で追いつつ、時折視線をずらして彼を見る。素人目からじゃ誰が上手いのかわからないけど、花宮くんだけは、わたしの目には特別違って映った。 ……逃げるのだろうか、と考える。すぐに、逃げないと答えが出た。いじめられるのは嫌だ。花宮くんのストレス発散に付き合う理由もない。けれど、花宮くんから逃げようと思ったことは一度もなかった。今も逃げたいとは思ってない。それはどうしてか。 ……気付いた、かも。答えは至極単純なものだった。 ある種の感動が湧き上がったまま観戦し続け、結果、試合は霧崎の負けとなった。悔しそうな花宮くんを一度だけ見、観客がぞろぞろ席を立つのに合わせて会場を出る。そのまま家に帰り荷物を置き、また出て向かいの家の階段に座り込んだ。途中、買い物から帰ってきたらしい花宮くんのお母さんに中で待つ?と聞かれたけれど首を振り、わたしは彼の帰りをひたすらに待った。 「…何してんだよ」 日が傾きかけた頃、ようやく花宮くんが帰ってきた。アスファルトを眺めていたわたしはその声に顔を上げる。花宮くんは思った以上に不機嫌を露わにしてたけれど、それには構わず口を開いた。「試合見てた。惜しかったね」そう言うと花宮くんはほんの一瞬驚いたあと、一層目つきを悪くして「てめえに何がわかんだよ」と吐き捨てた。ああ違う、そうじゃなくて。べつに、今日の試合がどうだったとか、そんなことに口出ししたいわけじゃないのだ。首を振る。 「会場で今吉さんに会ったんだよ」 「は?…変なこと吹き込まれてねえだろうな」 「うん、大丈夫。とても大切なことに気付かせてくれた」 花宮くんは訝しげにわたしをうかがう。何を言わんとしているのかはわかってなさそうだ。そりゃそうだ、わたしだってついさっき、やっと気付いたんだから。知られてたらたまったもんじゃないよ。 「ねえ話したいことがある」 わたしは、花宮くんが自分のそばにいるのが普通だと思っていた。 それにもう随分前から気付いていたのだ。彼の近くが、ひどく落ち着くということに。 |