11

「花宮ー、ザキ長くね?」


体育館の入り口を向きながら言う原に、下手な挑発だとわかっていたが確かに待つのも時間の無駄だと思い乗ってやることにした。「そうだな。原、あいつ呼べ」カゴに入っていたボールを一つ取り、原が呼んだのに合わせて投げつけてやった。奴の反射神経では避けられないと計算してのことだったが、仮に避けてに直撃したところで俺の目的は果たされるためさしたる問題はなかった。結果、部活は時間通り始まりメニューもすべて終えることができた。

あいつ相手に嫉妬なんざするわけねえだろうが。奴らの考えは全てお見通しだが、笑えるほど愉快なことではなかった。どうせとヤマが話してんのが面白くないと思うとでも推測したのだろう。んなくだらねえこと誰が思うかよ。ありえねえだろ。立てた膝に頬杖を付き、息を吐く。
すると、背もたれにしていたベッドのスプリングが軋んだ。が寝返りを打ったのだ。仰向けで本を持ったらすぐに腕が疲れるというのがまだわからないらしい。

部屋の整頓に常に気を配れないこいつの部屋は大体いつも散らかっている。ときどき一気に片付け始めるらしいその習慣は典型的な彼女の血液型の行動に当てはまっていた。俺としてはの部屋が汚かろうが驚くほど綺麗だろうがどうでもいいことだが、こいつに気を持つような奴には大切なことなんだろう。

俺から言わせてもらえば、は根からの泣き虫で、整理整頓も出来ず、暇を持て余した末の学業はいつまでも中の中、運動神経も悪く、更に言うと性格も特別いいとは思わない。

一度読んだ本だったのもありすぐに読み終わってしまった。飯はまだか、と壁掛け時計を見遣るが彼女の母が提示した時刻にはまだ三十分ほど足りなかった。またスプリングが軋む。横目での存在を確認すると思った通り寝返りを打ち今度は背を向けていた。
帰ってからすぐに着替えたのだろう、中学のハーフパンツから伸びる白い足に目が行った。万年帰宅部のこいつは日焼けをしない。そのふくらはぎに不自然に赤く膨らんだ部分を見つけ、指を伸ばして触れた。それに気付いたが身体を捻りこちらを向いた。


「どうしたの?」
「蚊。刺されてる」
「え、あ、ほんとだ」


上体を起こした彼女は自分で患部を確認し、気付くと痒くなるよねと言ってそこを掻いた。力任せに掻いたせいで赤くなった皮膚を気にも留めずまた寝転がったそいつに、こういうところだろ、と思う。おそらく放って置いたらそのうちもう片方の足で掻き始めるに違いない。はズボラな人間だ。
再度手を伸ばし、刺されて膨らんだそこに人差し指で十字の爪痕を付けた。「いたっ」のリアクションが聞こえたがどうでもいい。割と大衆化されているこの方法はも知っているはずだから、反応はいきなりやられたことに対する驚きの度合いが強いのだろう。その証拠に彼女はすぐにおとなしくなった。


「…痒くなくなった」
「そりゃよかったな」
「これほんとにすごいよね」


また起き上がり、更に二回爪痕を付けた。膨らんだ患部が八等分されたのを見て思わず顔をしかめてしまう。「キモイ」思ったことを素直に口にする。本当に、こんな奴に興味を持つ男の気がしれない。どこがいいんだ。嫉妬する余地もない。


「確かにキモイわあ」


くすくす笑うのこういうところを何も知らない奴が、気になるだとかすきだなんて簡単に言うモンじゃねえ。もちろん教えてやるつもりもない。