突然審神者としての力があると言われあれよあれよという間に歴史修正主義者と戦う本拠地へ送られ、こんのすけというありがたそうな白い狐の指南を受けながら本丸の説明を受け(一人と一匹にしては広すぎる住まいだった)、自分ができることとやるべきことを片っ端から頭に詰め込んでいった。まず日本史の勉強からやり直したい、と言い出す暇も与えられず、地に足のつかない状態で「さっそく刀剣に眠る付喪神を呼び起こしてみましょう」と促されたのだった。

「刀剣に眠る付喪神を呼び起こす力」というのは想像以上に精神力を消耗するらしい。

 記念すべき一振り目である加州清光を呼び起こし、ファーストコンタクトで自己紹介をしたと思ったら知らないうちに意識が途切れていた。目が覚めたときには自分に充てがわれた部屋で布団の中にいて、天井をバックに顔を覗き込むこんのすけと加州くんが映っていた。どうやら三時間ほど寝ていたらしい。
 こんのすけ曰く、審神者としての力を使うと回復のために寝こけてしまうのだとか。非効率的だなあと思うけれど、眠りさえすれば元通りになるだけいいと励まされた。改めて顔を合わせた加州くんにはその三時間でこんのすけが説明してくれたらしく、もともと賢い付喪神なのか、「よろしくね」と言った彼はすっかり事の次第を飲み込めていた。
 そのあと一通り教わったあと、こんのすけは用があったら呼んでくださいと言ってどこかに消えてしまった。残されたわたしと加州くんと、初めての鍛刀で顕現させた愛染国俊くんの三人は、試行錯誤の夜ご飯を作って一日を終えたのだった。
 それからは近くへ遠征に出かけたり明治時代へ出陣してはトンボ帰りしたり、慣れないことに少しずつ慣れていってこの生活をなんとか構築していった。内番のルーティーンも定着しつつあり、一週間にしてようやく審神者としての自覚が芽生え腰を落ち着けられるようになっていた。
 昼の鍛刀と会津での任務中に見つけた刀剣を前田くんに急かされるまま呼び起こすと、現れたのは彼と同じ軍服を身にまとった二人の少年だった。秋田藤四郎くんと五虎退くん。なるほど、前田くんと同じ藤四郎兄弟なのか。今剣くんと国俊くんも交え短刀たちのやりとりを微笑ましく眺めていると、刀装を作りに行っていた打刀の二人が戻ってきた。加州くんと長谷部は銀色の軽歩兵のそれを持って部屋を覗くと、おお、と声を上げた。


「これで七振りかー」
「ようやく六振りの部隊が組めるよ!」
「そだね。新しいとこも行けるんじゃない?」
「うん!」


 ここまで来るのに一週間もかかったけれど、ようやく部隊として形になってきたんじゃないだろうか。散々時間を無駄にするような失敗をして政府からお叱りの通達を受けて、そうしてなんとか少しずつ成長していったのはもっぱらわたしだ。それでも、あの三人ぽっちだった本丸がこんなに賑やかになったのだ。ある種の達成感に包まれながら、秋田くんと五虎退くんと打刀二人の自己紹介を見ていた。それが終わると加州くんは腰を曲げ、さっそく二人に声をかけた。


「じゃ、初出陣したい奴手上げてー」
「……はい!」
「秋田藤四郎ね。はい、これ刀装だから大事に持ってね」
「五虎退は留守番を頼む」
「は、はい」
「主もお留守番ね」
「え?……あ、うん」


 なんで?と思ったけど顕現したばかりの五虎退くんを一人にしておくわけにいかないから当然だ。そういう気の回し様も、近侍の加州くんはわたしの何枚も上手だった。


「戦闘中に寝られたら敵わないしね」
「そ、ええっ、そんな緊張感なくないよ……」
「緊張感とかの問題じゃないから言ってんの。一気に二振りは初めてだったでしょ」


 加州くんがわたしの相手をしてくれている間に長谷部は短刀たちに指示を出し、特に秋田くんには陣形の説明とかをしていたと思う。頼りになる打刀です、と心の中で拝みながら、ひらひらと手を振って本丸を出て行く六振りを見送った。
 それは初めてのことだった。


「いってらっしゃい」


 これも久しぶりに口にするあいさつだ。恭しくお辞儀をする長谷部と前田くんと、ぶんぶんと大きく手を振る今剣くん、ちょっとぎこちなくペコペコ頭を下げる秋田くん、かっこよく敬礼してみせた国俊くん。そして、にこりと笑う加州くん。


「よし、出陣だー!」


ここまで来たんだなあ。



◎◎◎



 国俊くんのときも、前田くんのときも今剣くんのときも長谷部のときも、もれなく寝落ちした。呼び起こしてすぐだったりしばらくしてご飯を食べながらだったり、三十分で目が覚めたり二時間寝てたりと不規則に訪れる睡魔は本当に時と場所を選ばない。そろそろ審神者としての生活に慣れてきたから大丈夫だと思ったけど、そういう問題ではなさそうだ。わたしのことなのに近侍の加州くんの方がよくわかってる気がする。
 そう、加州くん。本当に頼りになる神さまだ。たかが一週間、されど一週間、濃い時間を一緒に過ごしてきた中で、テンパりがちなわたしや突っ走り癖のある国俊くんの面倒をよく見てくれた。さすがは新撰組沖田総司の刀なだけある。戦場の慣れ具合は素人目にも明らかだった。こんのすけからの指示にもわたしが首を傾げてる間にパパッと応えてくれるし、おいしいご飯も作れるし、本当にありがたい存在だ。最初に選んだのが君でよかったとしみじみ思うよ。
 本丸の案内を五虎退くんにしたあと広間のこたつで暖まっていたら知らない間に寝落ちていた。ハッと顔を上げると向かい側に座っていた五虎退くんが仔虎とじゃれ合っていて、わたしに気付くなりピンッと背筋を伸ばした。


「……どれくらい寝てた?」
「に、二時間くらいです……」


 なるほど、確かにそう言われると体の節々が痛い。突っ伏した体勢は長時間の睡眠に適さない。けれどおかげさまで調子は元通りだ。そこでふと、本丸の違和感に気が付いた。


「あれ、みんなは?」
「まだです……」
「そっか。遅いなー……」


 やけに静かな音が落ち着かない。二時間経ったなら戻ってきてもいいと思ったんだけど。新しい任務地といってもずっと前から出陣要請が来ていたのをずっと断ってたくらいだから、そんなに難しい内容じゃないはずなのに。六人になったら応えてみようかって話してたほどだ。
 でも外はもう暗い。何かあったのかも。途端に心臓がざわつき、縁側に顔を出す。と、同時に、外から足音が聞こえてきた。走ってる、短刀の誰かの足音だ。


「主君!」


 姿を現したのは前田くんだった。駆け足でこちらに向かってくる、特徴的な大きなマントを泥で汚す彼は、二時間前に見たときよりずっと傷ついていた。


「まえだくん、」
「申し訳ありません、加州さんが……!」


息を飲む。