「なんですか、それ」


 隣の宗三くんの非難めいた声が耳に入り、咄嗟に振り返る。まさしく自分への台詞だ、と察したまではよかったけれど果たして意味はわからない。「え?」今の言動に彼をそうさせる要素があっただろうか。それとも、何か受け取り違えてしまったのかもしれない。目を丸くしたまま聞き返してみたものの、しかし嫌なものを見るような眼差しに勘違いはなさそうだった。


「どうしてわざわざその色を……」


 宗三くんの視線はわたしの手元に落とされている。何気なく入った呉服屋で、気に入った柄の浴衣をいくつか手に取っていた。何往復かして最終的に、これにしようかな、と選んだ一枚だった。
 薄桃色の布地に、鳥が飛んでいる。花は牡丹だろうか。可愛い色合いが決め手だった。店内はどこもかしこも好みの柄でいっぱいで、甲乙つけ難い。宗三くんは気乗りしないながらもずっと後についてきてくれていたけれど、意見を聞いても「僕に聞かないでください」と断られるばかりだった。まあ、宗三くんがわたしの着る物に興味あるわけないしな、本当に何でもいいんだろうな、と思っていた。だから、まさか非難されるとは、思ってもみなかった。

 何か気に入らない柄だったろうか。宗三くんに倣って浴衣を見下ろしてみるけれど、まるでわからず、また彼を見上げるしかできない。


「嫌いだった…?宗三くん、自分の色なのに」
「僕の色、だからですか?」
「え…?桃色……可愛い、よね…」


 果たして宗三くんに求めていい同意だろうか、自信がなくなってしまう。というか、彼の質問の意図がわからなかった。宗三くんといえば桃色でしょう。間違っているわけない。まさか君、自分が桃色を一身に纏っている自覚がないのだろうか。
 宗三くんという気質がそうなのか、はたまた刀剣男士全体が色という概念にこだわりがないものなのか。わたしが驚きの発見をしかけている一方、宗三くんはピクッと眉をあげたかと思えば、それからぎゅっとひそめたようだった。


「……可愛いから?」
「え…」
「選んだ理由は、桃色が可愛いから、ですか?」
「うん…」


 頷くと、宗三くんは目を逸らし、ますます気難しい表情になる。どうしたものかと彼が何か言うのを待っていると、ややあって彼は、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。些細な表情の変化だったけれど、彼は負の感情が豊かなので、こういう一面に関してはわかりやすかった。


「……何でもありません」
「そこでやめないでよお」


 今度はわたしが非難の声を上げてしまう。だってさすがに困ってしまう。もともと宗三くんは言いたいことしか言わない付喪神という印象はあるけれど、意味深なところで一方的に遮られたら気になってしまう。宗三くんは顔をしかめたままわたしを一瞥すると、ふっと反対側へ目を逸らした。そっぽを向くと表現するには淑やかすぎる所作で、彼は不服従を露わにしたのだった。


「何でもありませんから」
「でも」
「あなたが何も気にしていない、ということがわかったので、いいです」


 思わず顎を引く。不服従どころか拒絶だ。壁を作って、これ以上追及するなと言っている。また宗三くんの気に障ってしまった。今日はいけると思ったんだけどな……。気分転換の買い物に付き合ってくれて、和服のお店にまでついてきてくれたんだもの。まさか宗三くんだって、こんなことを言いたくてここまで来たわけないだろうに。
 わたしだって宗三くんに不のつく感情を味わわせたいわけじゃない。でもいつも、どうすればいいのかわからない。宗三くんの思考を覗けたらいいのに、と手っ取り早いことを考えてしまう。こういうところもよくないのかもしれない。


「……買ってくる」


 とにかく、こうなってしまった宗三くんにこれ以上付き合わせるのは申し訳ない。今日の溝が埋まった頃にまた誘おう。来てくれるだろうか。今日はたまたま彼の機嫌がよかっただけかもしれない。わたしといるときの宗三くんが朗らかだった試しがないから、わたしが何をしてあげることが彼の得になるのかわからないのだ。わからないからって自分勝手に連れ回していいとも、思ってないけれど。宗三くんに諌められることを嫌と思わないところも良くないのかもしれない。
 手に持つ浴衣を見下ろしながら、そんなことを考える。桃色は宗三くんの色だ。だからか、どことなく宗三くんを連想させる。特にこの色、赤すぎず紫すぎず、宗三くんの髪色にそっくりだ。だから余計考えてしまうのかもしれない。
 気付いて、立ち止まる。振り返った先の宗三くんと目が合う。やっぱり彼はついてきてくれていて、ほんの少し目を瞠り、虚をつかれたようだった。


「これを選んだ理由、宗三くんの色だから、だったらよかった?」


 いよいよ宗三くんの目が大きく見開かれる。薄いくちびるが閉じられる。次の瞬間には、目は嫌なものを見るように細められ、口も歪んでしまったけれど。


「いいえ。あなたのすきな色を選んでください」
「まさか、やきもち…?」
「そんなわけないじゃないですか。恥ずかしそうに言わないでください」


 やっぱり淑やかに目を逸らす。それから、外で待っていますと言ってさっさと店を出ていってしまう。残されたわたしは、彼の後ろ姿を見送って、見えなくなると、今度は手元の浴衣に目を落とした。
 もし最初から「宗三くんの色だから」と言って選んでいたら、宗三くんは喜んだのだろうか。想像しようとして、あまりにも未知すぎて、できなかった。いいや、そもそも宗三くんは始め、「そう」だと思ったからあんな非難めいた反応をしたんだ。じゃあやっぱり、彼を理由にしなくてよかった。

 やきもちだなんて、調子に乗ってしまったな。そんなわけがない。宗三くんだって望んでない。宗三くん、これはわたしが純粋にすきな色だからってだけで選んだよ。宗三くんのためなんかじゃないよ。だから嫌にならないでね。念じるように、浴衣に込める。でも、こんなことがあってしまっては、この浴衣を見るたびに宗三くんを思い出してしまうことだろう。ごめんね、と心の中だけで謝る。


「用が済んだのなら帰りますよ」
「うん」


 会計を終え、外で待っていた宗三くんに一つ頷く。浴衣が大事に折り畳まれた包みは、宗三くんがわたしの両手から自然な動作で取り上げた。ふう、と一つ息を吐き帰路へつく、彼のあとを追う。

 優しい。でもやっぱり、そうだよ。宗三くん、わたしのことすきじゃないんだし。