夢の中の大倶利伽羅くんは決まって仏頂面で、わたしが問いかけたならば、呆れたと言いたげな眼差しを逸らすのだ。


 振り返ると大倶利伽羅くんはもういなかった。思わず呆けてしまうのも仕方ない、つい三分ほど前まで、左斜め前の席で白米を食していた彼が、忽然と姿を消していたのだ。彼はわたしがきのこのお味噌汁を堪能しては右隣の鯰尾くんとおしゃべりしている隙に、忍法ナントカの術を使ったらしい。大広間を見回すも、座卓ごとに食器を集める弁慶膳のそばにもいなかった。
 今日も言葉を返してもらえなかった。もともと席に着いた時点ですでに食べ終わりそうだったけれど、ちらちらうかがっても一度も目は合わず、まるで一人の食卓で食べているかのような空気の閉じ方に、話しかける勇気まで弾かれた気がして、やめてしまったのだ。着席したときに一言、大倶利伽羅くんお疲れ様、と今日の出陣の労いをしたつもりなのだけれど、彼はほうれん草のおひたしを咀嚼している最中だったからか、わたしを一瞥しただけで、以降、二つ隣の骨喰くんと、その向かいの鯰尾くんたちの話に混ざることもなく、ごちそうさまをした、らしい。
 座卓の一番端っこの空席を、ぼんやりと見つめる。大倶利伽羅くんに、特別避けられていることをなんとなく自覚しながら、あんまり絶望もしておらず、唐揚げをつまんで一口で食べる。今日もおいしい。

 大倶利伽羅くんとは初めて顔を合わせたときからこんな感じだ。ちょうど、直前に顕現した光忠とあいさつと共に握手を交わしたので、その流れで彼にもよろしくお願いしますと手を差し出すと、視線だけで拒絶されてしまった。あ、失敗した、と理解は早かった。馴れ合うつもりはないと言い切る彼がこちらへ歩み寄る気配はいつまで経っても感じられず、どうやら強がりではなさそうだと確信する。なるほど、ならば、とこちらから歩み寄ろうとも、反応は決まって否か無のどちらかだった。
 この様子ではさぞ他の刀剣男士とも馴染めないだろうと思いきや、時間が経つにつれ周囲との信頼や親睦が深まっているのがよくわかった。顕現以前から縁のある鶴丸さんたちだけでなく、ここで初めて顔を合わせた面々とも簡素ながらもちゃんと応対している彼を見て驚いたものだ。またまた、なるほど、ならば、と買い物の同行を願い出るも、断るの一言もなく待ち合わせには現れない。わたしと最低限のコミュニケーションも取ろうとしない、大倶利伽羅くんに、果たして何と声をかけたらいいのだろう。
「薄情と思うかい?」光忠が問う。「思ってないよ」即答する。べつに、ちっとも心は折れてやしないのだ。


◇◇


 夕ご飯の時間になる頃、大広間へ向かう途中で大倶利伽羅くんの背中を見つけた。同じ目的地らしく、黒と灰色と赤色のジャージが歩くのに合わせて少し伸びたりたわんだりするのが面白くて、極力気配を殺しながら追いかけていた。一定の距離を保つのは容易く、その理由が、彼の気が緩んでいるからだと推察したわたしは、きっと声をかけたならばスタスタと早足になってしまうだろうと惜しくて、呼ぼうだなんて少しも思っていない風を装ってついていく。大倶利伽羅くんとの適切な距離は遠ければ遠いほど良い。そう、わかってはいるのだ。ただそれじゃあ嫌なので、諦めてあげる気は毛頭なく、大倶利伽羅くん、こんな主人の元に顕現してご愁傷様と手を合わせる。
 大倶利伽羅くんが足を止め、大広間の障子に手をかける。横を向いた彼には流石に見つかってしまうから、ここで初めて、声をかける。


「こんばんは大倶利伽羅くん」
「ああ」


 反応が返ってきたことに、少し感動した。おっと口が開く。声は我慢したけれど、いい気になって、頬が緩んでしまう。


「後ろからわたし、ついてきてたの、気付いてた?」
「当然だ」


 もうこちらを見てはいなかった。障子の引き手にかけた手元を見下ろす、前髪から覗く金色の目に、わたしが何という感情を抱いたのか、きっとこの神さまは知らない。


「大倶利伽羅くん」


 呼びかける。あと少しだけでも遅ければ、彼は障子を開けて中へ入ってしまっていただろう。思いとどまってくれた目だけをこちらに向ける。横顔が綺麗。その鼻筋をなぞってみたい。さすがに怒られるだろうか。想像して、大倶利伽羅くんに怒られたことがないことに気がつく。それが、彼の気性故なのか、薄すぎる関係性のせいなのかはまだわからない。


「大倶利伽羅くん、わたしのこと、本当に嫌いになったら教えてね」


 今度は顔ごとこちらに向いた。眉をひそめ、怪訝な眼差しをしている。既視感。あ、これ、夢で見たことある。彼は目を逸らす。一つ息を吐いて、呆れているようにも見える。


「気付いていないのか」
「えっ?」


 質問に対する答えではなかった。けれど大倶利伽羅くんは、それだけ、ぽつりと呟くように口にすると、今度こそ障子を引いて部屋へ入っていってしまった。

 ぽかんと、取り残される心持ち。いや、今に限らず、わたしは大倶利伽羅くんといたいと思うたび、いつも取り残されているんだった。
 置いてかないで。心の中でこぼす。大倶利伽羅くんは気付かない。