目を覚ます。ゆっくり布団から起き上がり、外を見遣ると障子紙越しに真っ暗な空が見受けられた。夜はまだ明けてないみたい。わたしはぼんやりとした頭のまま、しかし明確な目的を持って布団を出た。寝間着のまま障子を明け、しんと気持ちいい空気をまといながら、外廊下を歩いていく。


「光忠……」


 光忠のところに行く。昨日考えてたこと。会って聞きたい。昨日は結局、よくわからないままうやむやにされてしまった。ずっと気になってた。光忠のあのときのかおは、はたして何を言おうとしていたんだろう。
 光忠も何振りかの刀剣男士と相部屋だ。目的の部屋の前に到着し、すっと障子を引くとラッキーなことに彼は一番入り口側に布団を敷いて眠っていた。暗くてよく見えないけれど、白い寝間着が若干乱れてるのは寝返りを打ったからだろう。掛け布団はちゃんと掛けられている。
 仰向けに眠る光忠へそろりと近づく。お腹の横あたりに正座して、彼の顔を覗き込む。起きてもいい。起きなくてもべつに、いい。


「みつただ」


 そっと、雪を降らせるみたいに囁く。月明かりだけが頼りの世界で、光忠の白い肌は陶器のように美しく見えた。五本の指を伸ばし、胸の上から心臓に触れた。掌でぐっと強く押してようやく感じ取れる鼓動だった。反対の手を自分の胸に押し当ててみたけれど、光忠のよりわからなかった。覆い被さるようにゆっくり倒れ込んで、光忠の心音に耳を寄せる。
 光忠は、初めの頃に顕現した刀の中でも一番手のかからない付喪神だった。実力がついてきた第一部隊が次々に新しい任務へ繰り出し、次々に刀が増えててんやわんやだった時期がある。わたしも何振りかを顕現させるたび長い眠りについてしまい、時間がいくらあっても足りなかった。その頃顕現したうちの一振りが光忠だった。わたしが知らない間に本丸にすっかり馴染んで、気付いたら畑仕事や台所を取り仕切る立ち位置になっていた。素直に助かっていて、他の刀剣男士たちに慕われているのも、囲まれる彼を見て察していた。


「くすぐったいよ」


 光忠の手が、被さるわたしの肩に手を置いた。起きた。顔を上げて光忠の顔を見ると、彼はわたしを見下ろすでもなく左方向を向いていた。視線の先では、中途半端に空いた障子の隙間から月を見ているようだった。いつもは眼帯で隠れている右目が、今だけ髪の隙間から、少しだけ覗くことができた。


「みつただ」
「ん?」


 起き抜けの掠れた声。少し下を向いてわたしを見ようとした。わたしは人肌が恋しいみたいにまた頬をぴたりと光忠の胸にくっつけ、わたしの肩から離れた彼の右手に指を絡ませる。右手で光忠の肩を撫でると、彼はその腕をわたしの背中に回した。安心する。安心して泣きそうになった。


「人間の男女だったら危ない光景だね」


 光忠の心音は変わらない。声もいつもどおり、ただ同室の彼らが起きないよう潜められた声だった。


「そうなの?」


 対するわたしは少し鼻声になっていたかもしれない。


「そうだよ。知らなかった?」
「光忠が筋肉質なのは知ってた」


 肩から腕にかけてペタペタと撫でる。がっしりとした身体つきは戦闘服より内番の格好の方がよくわかった。うん、ありがとうね。ちょっと呆れたように返した光忠は、昨日の昼間と打って変わって感情が豊かだった。
 人間みたい。
 思って鼻の奥がつんとした。吐き出した息が震えていたのが彼にも伝わったのだろうか。わたしの背中に回していた腕が離れ、わたしの頭を撫でた。それはあやしているというより、起き上がらせないようにしているんだとなんとなく察せたので、そのとおりにしていた。


「ねえ光忠、近侍になりたいの」
「……そういうわけじゃないよ。ごめんね、昨日のことなら気にしなくていいから」
「ううん。でも光忠が言ってくれたから、今日は近侍にする」


 言えてよかった。これが言いたかったんだ。ほっと安心して目を閉じる。光忠の心臓近くはあったかい。人肌がいつでも恋しい。誰かに必要とされたい。

 みつただはわたしのことしってるんだ。





「…そう」


光忠が間抜けた返事をしたのは、わたしが二度目の眠りについたあとだった。