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「あっサソリ、これ買おうよ」
「はあ?つかおまえ、さっきからでかいもんしか買ってなくねえか」


振り返るとサソリの手にはもう満杯のエコバッグが握られていて、わたしは今自分が手に取ったキッコーマンの醤油を見た。なんでだろう、無意識のうちに大きいものを買っていた。牛乳、レタス、白菜、大根、エトセトラ。苦笑いしてみる。だって、今日の広告の品、全部そんな感じなんだよ。でもサソリに持たせてるのにそれは悪いよね。おとなしく醤油を棚に戻そうとした。


「馬鹿、べつにいいんだよ」


わたしの手から醤油を取った。そのままサソリはわたしの横を通り抜けたので、わたしは慌てて追いかける。


「大丈夫なの?」
「よゆー」
「最後にお米も買うんだよ」
「らくしょー」


サソリは変なとこでも負けず嫌いだ。前を歩くサソリにばれないように笑った。商店街のようなこの通りは賑やかで、気前のいいおじさんや優しいおばさんが大勢、店を構えている。わたしとサソリはもちろん初対面だったけど、そんな人たちといろいろ話した。昨日いた場所ではサソリは下手に関わりを持つなって言ったけど、どうやらそれはすぐ移動するからって意味で、つまりここは出来る限り長く住むつもりだから世間と関わりを持ってもいいってことだったみたいだ。なるほど。

世間話で盛り上がるのは主にわたしだったけど、サソリはいつもわたしの近くにいたし八百屋のおじさんとか男の人とならサソリの方が仲良くなっていた。美人がもてはやされるのは万国共通のルールみたいで、たとえサソリが仏頂面だろうとみんながサソリに話しかけてくるのだ。それでサソリも応答する、と、なんか男の絆が生まれる、っぽい。わたしとしては喜ばしいことだ。サソリが笑ってるのを見るのが幸せなのだ。夫婦で店をやっているところでは、サソリと主人が楽しそうに会話を繰り広げているのをわたしと奥さんで微笑ましく眺めたりした。

そんな感じで商店街デビューは見事成功して、気付けばもう陽が沈みかけていた。最後に寄ったここは醤油とかサラダ油とか、もちろんお米とか実に多様な品揃えで、いろんな調味料が買える。料理好きには嬉しいお店だった。


「じゃ、お米買って帰ろう」
「おー」


そういえば、さっきのお店の奥さんに、「あなたたち、婚約者か何か?」なんて聞かれたけど、…違うよね。少なくともわたしはサソリのことすきだけど、サソリはそんな素振り見せないし。幼なじみだ、ただの。多分サソリはそう思ってるんだろう。

前から疑問に思ってた。サソリはなんでわざわざわたしを誘ったんだろう。よっぽど聞きたかったけど、満杯のエコバッグを片手にお米の入った袋を担いで帰るサソリの姿を見ると、そんな急かすことでもないなと思う。今はただなんでもない逃亡生活を楽しめたら、それでいい。