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ねえサソリ、これどうよ。

わたしはあまりの空気の重さに耐えられなくて、苦し紛れにサソリに話しかけた。サソリがわずかにこっちを向いた、ので、わたしはその分だけほっとする。でもサソリは依然無表情を崩さないからわたしはちょっとたじろぐ。たじろいだけどそのまま、サソリに新メニューの味見をしてもらおうとスープの入った小皿を渡した。サソリは何も言わずそれを受け取る。

サソリは朝からずっとソファに寄りかかってぼーっと外を眺めていた。わたしはずっとそれから目を逸らすように新メニューの開発に没頭していた。いや、没頭って無意識のうちになるものだから、没頭したっていうのはなんか違う気がするなあ。でもわたしはなんとなくサソリを見ていられなかったから、ひたすら料理に逃げていた。もうすぐでお昼になるのにサソリは一向に動かない。腹減ったって、わたしに催促してこないのは何も今日が初めてじゃなかった。一週間前の街に出たときからサソリは何度かわたしを連れて出歩いたけど、目ぼしいものは何一つ見つからなかったらしい。それは傀儡使いにとってはストレスが溜まるものなのかもしれない。わたしももし怪我人とかがいなくなって医療忍術を使う機会がめっきりなくなったら、今のサソリみたくなるのだろうか。…ならないって、自信持って言える気がする。サソリとわたしじゃあ忍者のプライドが全然違うのだ。


「どう?」
「うまい」
「ほんと?」
「ああ」


サソリはお世辞を言ったりしない。ていうか、多分お世辞を言えないと思う。相手に気を遣うとか、相手を敬うとか、そういう類のものを嫌う、奴だから、うん、その褒め言葉もありがたく受け取らせてもらうよ。(……)小皿をもらってわたしは踵を返す。ちょっとだけ振り返る。サソリはまた外を眺めていた。お世辞は言わない、けど、あんまり気のない返事ならサソリはたくさんする。傀儡の改造に没頭してるときなんて、たぶん全部が全部空返事だろう。それでもわたしは無視されないだけ嬉しいんだけど、なんか、今日のサソリは寂しい。


「もう少しでお昼ご飯だよ」
「…ああ」


ほらまた空返事だ。





ごはんを食べてるときもサソリは心ここにあらずの無表情だった。そりゃー、サソリは表情のボキャブラリーが少ない人間だから、いつも通りっていえばいつも通りなんだけど、わたしとしてはこの空気はいつもと違うのだ。不機嫌ならまだ、いい。でもこれはちょっと違う。憔悴ってほどじゃないけどかなり気が滅入ってるんだと思う。わたしが守ってあげなきゃっていう庇護欲に駆られるのだ。助けなきゃ。「サソリ」昼食を食べ終わって席を立つサソリを呼び止める。


「ねえ、そろそろどっかに移ろうよ」


背を向けたサソリは何も言わない。けれどわたしは合ってる。サソリはここにいたんじゃ駄目だってことを、わたしはわかってる。サソリはもっと繁栄したとこに住んで、造形師として腕を奮うべきだ。だからまだ少し時期が早かろうがなんだろうが、別の場所に移るべきなのだ。サソリもそれくらいわかってはいるんだろう、とは思う。何故行動に移さないのかは、わからないけど。


「駄目だ」
「なんでよ」
「今移ると、多分かなりの確立で追い忍に遭遇する。おまえ危ないだろ」
「え」
「何もねえけどここにいなきゃ、駄目なんだよ」
「…わたしの心配してくれてたの?」


ぽかりと開いた口から、思ったことが出てきた。え、こんな忍が来るはずもないってとこにわざわざ来て、何にもなくてつまらないって思ってるのに我慢して隠れて住んでるのって、わたしのためなの?言うとサソリはカッと目を見開いてわたしを見た。あ、久しぶりにサソリの表情が変わった。嬉しい。


「…おまえ、よくそんな恥ずかしいこと言えるな」
「思ったこと言ったまでだよ。え、ほんとにそうなの?」


サソリは呆れたように溜息を吐いてみせたけど顔は赤くて、それがなんか可愛くてわたしは口を綻ばせた。それを見たサソリはちょっとむっとしたみたいで、わたしはこの数日間の死んだようなサソリは幻だったんじゃないかって思った。「だったらなんだよ」あ、自棄になったのかな。


「嬉しいよ、すっごく嬉しい」
「……あそ」


ふいとまた背中を向けたサソリをわたしは追いかけた。「サソリ」後ろから手を掴む。


「ありがとう。でもわたしもっといろんなのがあるとこがいいよ、ねえ、わたし大丈夫だから、行こう。サソリが連れてってくれる場所なら、敵がたくさんいるとこだって平気だよ」


言うと頬が赤いままのサソリはわたしを見てまたむっとしたけど、そのあとやたら優しい目を伏せた。「…ああ、わかった」今度はちゃんと返事をしてくれた。