3


「サソリ、ごはんできたよ」


畳の匂いがする寝室、ふすまを開けてサソリを起こす。わたしはおたまを持ってエプロンなんかしちゃって、ちょっと勝手に、新婚さん気分だ。家を借りた大家さんは理解のある人で、見ず知らずの若いわたしたちを快く受け入れてくれた。砂の里からは大分離れた、ここ、追い忍の人の影も見当たらない。それどころか、忍者が誰一人としていない。そういう場所に来たわたしたちは里を抜けてから一週間が経っていた。

なかなか起きようとしないサソリ、あ、そういえば低血圧なんだと気付いてわたしは彼の傍に膝をついた。肩を揺らす。


「サソリー、ねえ」
「…んあ?」
「あ、おはよう」
「…おう」


起き上がってふあああとあくびをする。朝起きたらサソリがいて、これが日常になるってすごく素晴らしいことなんじゃないかって、わたし毎日思ってる。ああわたし、サソリと一緒に来てよかった。泣きたくなるくらいすっごく幸せ、なんだよ。おまえの跳ねた寝癖とか、寝顔とか、ていうか、任務ないから四六時中ずっと一緒にいれるし、あ、まあこれはサソリの用事がないときだけど。でもさでもさ、わたしほんとに幸せ。今死んでもわたし幸せに囲まれて死ねる。ふしぎ、命を奪う忍者、のはずなのに、幸せに囲まれれるなんて、そんなことってそうそうあるもんじゃないよ。やっぱりわたし幸せ者。


「なあににやけてんだよ」


ぴんとおでこを弾かれる。文字通りでこぴんだ。わたしは緩んだ口元を隠すように手を当てた。だってねえ、仕方ないだろ。


「腹へった。めし」
「うん、もうできてるよ」
「さすが」


にやりとサソリらしい笑みを浮かべて、わたしの頭をくしゃくしゃやって、サソリは居間へ行った。ほんとに幸せ。わたし幸せしか言えてない。でも仕方ないよ。サソリがこの部屋を出たあと、わたしはぼふっと布団に倒れこんだ。サソリの体温でまだあったかい。あいつって手とか足とか冷たいのに身体はあったかいよね、うん、あ、なんかわたし今、変態みたい。起き上がって頬をぱんと叩く。それから部屋を出た。





「今日買い物行ってくる」
「は?」


朝ご飯を食べながらサソリがそう言った。用心深いサソリは追っ手がいるかもわからないから、外の様子を見ようとこの一週間、身を潜めるようにしていた。でもやっぱり忍者なんてどこにもいないことをようやく認めて、今日、外を歩くという。そうなんだ、へえ。わたしが乾いたように返事をするとサソリはちらりとわたしを見て、それから窓の方を見た。


「天気もいいしな。商店街を歩くのも気持ちいいだろうぜ」


前も言ったけどサソリは戦う最中はヒルコに身を隠しているからよっぽど強い相手じゃなきゃサソリ自身は怪我をしない。それと外を歩くとき、いつ敵に遭遇してもいいようにヒルコに入っていることが多いのだ。朝食を食べ終わったサソリは箸をかちゃと置いて、それから背伸びをした。


「おまえも来るか?」
「えー」
「ていうか、絶対ついてこい」
「なんで」
「いつ追い忍がここを襲ってくるかわかんねえだろ。おまえ一人じゃひとたまりもねえぜ」
「え、まだ追っ手の心配してんの」


いいから、ほら、早く行く準備しろ。おれは待つの嫌いなんだよ。はいはい、知ってるよ、ちょっとだけ待って、お皿洗うのは帰ってからにするよ。言いながらお皿を流し台に持っていく。サソリも自分のはちゃんと持っていく。ふっと、わたしは窓を見た。光が差し込んでいて、うん、綺麗。サソリが買い物に行きたくなるのもわかる。ねえサソリ、追っ手が来ようが来まいが、わたしおまえの傍にずっといるつもりなんだよ、言ったでしょ。もちろん断る気なんかこれっぽっちもなかったんだから。