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クナイを喉に当てられてやっと相手の気配を掴めた。大雨の中わたしでもわかるほどの殺気を飛ばしたのはやはりわざとで、この人がすごく強いことは冷たいクナイからぴりぴり伝わってきた。ていうか追い忍って強い人しかいないし。
小指も動かせないほど緊張している。この緊張が、自分が抜け忍だということを教えていた。「おまえは囮だ。サソリを呼べ」低く這うような声に、わたしは本気で、何て言おうか迷った。おとなしくサソリを呼んでサソリが危険に曝されるのは言語道断だし、このままの状態で断ってわたしが殺されるのも非常に困る。いつの間にか握っていなかった傘が強風でドタバタと転がっていって茂みに引っ掛かったのを見て、それから少し息を吐いた。
サソリ、わたし大切なもの二つも背負っちゃって身の程知らずだったかなあ。結局自分もサソリも守れないかもしれないんだよ。


「……サソリを、どうするんですか」


追い忍がしゃべる瞬間後ろにジャンプする。すごく卑怯な戦法だけど、「ぐっ」狙い通り相手の顎に頭を打ち付けて舌を噛ませることに成功した。カランと面が取れた。腹を蹴飛ばして間合いを取る。逃げた森の中でもここは広く開いた場所で、多少の戦闘なら問題なかった。口を押さえながらゆっくり起き上がってくるところを見ると、やっぱり実力差は歴然で、向こうはわたしにやられるなんて危機感はまるで無いようだった。護身用にいつも身につけていた小さい忍具ホルダーからクナイを取り出して構える。もともと医療忍者だし、里を抜けてから全く動いてなかったから体が鈍ってるだろう。どうしよう、とまた考えたけどやっぱり答えなんて出てくるわけないのだ。
勝てるわけないのはわかってるけど、わたしは生きなきゃいけないし、言うとおりにするわけにもいかない。それはわかる。


「絶対嫌だ!」
「…、っサソリの首、だ、けで、いい、おま、えの命は、助けるぞ」
「帰れこの馬鹿!」


追い忍は更に眉をひそめて、「…たかが医療忍者が」と呟いたのが聞こえた。怖くて唇を噛んだ。

消えたと思った瞬間、腹に衝撃が来た。クナイが刺さったのだ。カチャンと、わたしの手から同じものが落ちた。避ける隙もなかった。やっぱり圧倒的だった、ああもう終わりだ。


「ぐっ」


えっ?
追い忍の人ががくりと膝をついた。同時にわたしも尻餅をついて、その人を見ると左足にクナイが突き刺さっていた。


「てめえ何してやがる!」


ドスの効いた低い声が叫んだ。追い忍じゃない。わたしは、ああこいつこんな声も出せるんだなあと今更ながらに新しいことを発見したのだった。声の方を見遣る。

…サソリだあ。

わたしが何か発する前に二撃、三撃とクナイが飛んで来る。的確に追い忍の腕、背中を狙っている。すごいなあさすがは赤砂のサソリだ。足も腕もやられて分が悪いと思ったのか、追い忍は舌打ちをして、瞬身の術を使ってあっさり退いてしまった。追いかけるかと思いきやサソリはそのまままっすぐわたしのとこへ来て、わたしの背中を支えた。


「おいしっかりしろ!」
「……さそり」
「チッ出血が多い…これ抜くぞ」
「いっ」


自分でも出血が多いのはわかったし、くらくらする頭の中でぼんやりと考えることはわたしはもう終わりだなあってことくらいで、もうサソリ何にもしなくていいのになあと思った。雨のせいで出血が助長されてるんだよ無理だって。サソリ医療忍者じゃないもんね。これ腹っていうかもう肺?みたいな。何か刺されちゃまずいとこ刺されたよわたし。息苦しい息苦しい息苦しい。

痛いよ

あまりの痛さにかもしくはわたしのこのあとすぐに訪れる展開にかわからないけど視界が滲んできた。あっけ、ないなあ。こんな展開予想できたはずなのに全然考えもしなかったよ。サソリがぎゅっと傷口を押えて圧迫止血をしているわけだけどわたしの体内からは血が流れ出すばかりであんまり役目を果たしていないみたいだ。ほんとは自分で治療できればいいんだけどどうもあのクナイ麻酔薬塗ってあったっぽくて手が痺れて動かせないのだよね。ちくしょう用意周到で嫌になる。

でもそれでサソリが刺されなくてよかったとも思う。


「ね、…も、いいよ」
「馬鹿言ってんじゃねえ!今すぐ病院に」
「むりだ、よ」
「無理じゃねえよ!」


ゆっくりと、サソリの手に自分の手を重ねると緊張が伝わってきて、わずかに震えているのがわかった。本当にわたしは、この人のことがすきだったんだなあと思って、お腹は痛いけど満たされた気持ちになった。(傀儡になったら麻酔とか効かないんだよね)(それならちょっと、いいかもしれない)このまま死ぬなんて全然実感わかないし、走馬灯も巡らないしで駄目だ。だって目の前に君がいるならそれで十分だものね。わたしの世界は君で完結する。

里を抜けるとき、サソリが殺した、見張りの人たちを放ってそのままにした。馬鹿だなあ追い忍の人、わたしだけ助かってどうするんだ。生き延びたって、いいことないのに。わたしはあの瞬間、ちがう「おまえも来る?」君が言ってくれたあの瞬間から君の傍で生きることを決めたのだ。最後まで見届けたかったなあ。


「しっかりしろ………」
「わたし、ずっと一緒にいたかった、なあ」
「……」
「でも、幸せだったなあ」


酷い顔をしてるんだろうと思う。雨と血と涙でぐちゃぐちゃで、醜いんだろうなあ、でもサソリも酷い顔だ。君のそんな駄目そうな顔初めて見たんだよ。

泣かないでくれてよかった。泣いたらわたし、きっと未練が残ってしまう。


「サソリ、ずっとすきだよ」


消えそうな声で何度目かの愛の言葉を口にすると、酷い顔をもっとくしゃくしゃにして、頷いて、


「おれもおまえのことすきだよ」


最期に一番の幸せ者にしてくれた。それでもう、わたしは今まで間違ってなかったと思えるのだ。


( さようなら )