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目が覚めた。朝から降り出した大雨の音が聞こえる。最近の天気はよく変わるなあ。今日はお昼ご飯を食べたあと二人でお昼寝をしていたのだ。時計は五時を指していて、隣の布団ではまだサソリが静かに寝ていた。寝ている間に離れていた手が、白くて、指先にそっと触ってみたら温かくて鼻がつんと痛くなった。わたしだって傀儡を触ったことくらいある。あの無機質で冷たくて硬い感触。あれがサソリの肌になるなんて、想像できない。
この数日、考えたことは色々あったけど、昨日のサソリの言葉を聞いたら、彼の決心の強さに全部駄目だと思った。わたしが必死で止めたって聞かない。泣き落としも見事駄目だった。べつにあれは狙ったわけじゃなかったけど。
だから、更に考えたのだ。ほんとは、サソリが傀儡になるなら死ぬ!とか、傀儡になっちゃうんならわたしはサソリのこと嫌いになる!とか、そういう(おそらく)彼が傷つくことを言ってやるのがいいんじゃないかと思ったりもしたけど、でもわたしは死にたくないしサソリのことはずっとすきでいる予定だから、無理だなあ。わたし嘘上手くないから。あくまでわたしはサソリと一緒に生きていきたいのだ。一緒に泣いて一緒に笑って一緒に老いて一緒に死にたいのだ。人傀儡はもちろん表情は無いし老いることもない。壊れるけど、作り直し可能だし。
だから考えついたのは、サソリの唯一の心残り、わたしの料理だ。わたしがこれから毎日おいしくておいしくて死んじゃうほどおいしい料理を作って、食べてもらって、やっぱ人傀儡にはなりたくねえなあって思わせるっていう作戦だ。これ、すごくいいと思う。あと、わたしもちゃんと食べて、栄養のバランスの良さもアピールすればいいんだと思う。
ということでわたしは今料理に力を入れているわけだ。無駄に豪華にしたい。そのためには食材を買いに行かなきゃならない。サソリを起こさないようにそっと部屋を出た。

八百屋さんで野菜を買ってから、肉屋さんが商店街の一番奥だってことを思い出した。しまった買う順番間違えた。仕方ないから重い買い物袋を持って肉屋さんに向かった。
八百屋のおじさんには、サソリには内緒にしてくださいと必死で頼んだ。前にわたし一人で来たら追い返してくださいと頼まれていたおじさんはそんなこと気にしないとでも言うようににかっと笑って応対してくれた。

サソリやっぱりわたしおまえと死ぬまで一緒に生きていたいよ。サソリが何思ってるか知らないけどさ、わたし頼りないかもしれないけど一生懸命頑張るから、見捨てないでよ。置いてかないでよ。

視界が滲んだそのとき、肉屋さんに着いたそのとき、殺気を感じた。ゆっくりと方向転換をする。





「……?」


起き上がるとの気配が消えていた。急いで寝室を出て居間を見回してもやっぱりいなくて、他に目も暮れず玄関に向かうと予感は的中してのサンダルが無かった。裸足でドアを開ける。

大雨が、降り続いていた。
匂いは綺麗に消えている。

一歩外へ踏み出そうとして、留まる。前みたいにただ出掛けただけだろ、何焦ってんだ。なんか、ほら、過保護もよくねえよな、そうだよな、……。踵を返して自分のサンダルを踏んずける。ただ出掛けただけなんだから、おれは待ってればいいんだよ。そんで帰ってきたら一言咎めときゃいいんだよ。他には何も……、


「いや、」


何もしないで待ってられない。さっきからしている嫌な予感が払拭されない。サンダルを履いて、家を飛び出した。