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ソファと入口の微妙な距離。時計の音よりも自分の心臓が大きく聞こえて眩暈がした。「あ、え」声が、使い切った絵の具のチューブから頑張って中身を搾り出そうとしてるみたいに情けなかった。…ごくりと唾を飲み込む。


「ちょっと待って、サソリ、意味わかんない。人傀儡になるって、なに、死ぬの」
「アホ、なんで自ら死ななくちゃいけねえんだ」


だって、おまえの人傀儡みんな、死んでる、じゃん。どういうことだよサソリ、わたし言語理解能力低下したかも、いや、低下どころの騒ぎじゃない。ショートしたかも。ねえ、だから、ショートした思考回路でも理解できるように、わかりやすく、丁寧に教えてよ。説明してよ。納得できない。
何でもかんでも言って、罵ってやるべきなのに、何を言えばいいのかわからなくて、わたしは無い脳みそをフル活動して事態の理解を試みた。多分今のサソリは、わたしが話さない限り何も言わないだろう。それくらいはわかる。きっとこの話題について多くは語りたくないのだ。

サソリは世界でただ一人、人間の死体から傀儡を作ることができる傀儡使いだ。その人が持っていた能力も引き継ぐことができる。サソリは公言していないけど、わたしには教えてくれたのだ。とやかく言えることでもないから、深く考えたことは無かったけど、それってあんまり人道に反してないとは言えないと思う。だって誰でも皆、死んだら静かにお墓に入って眠りたいはずだ。死んでも尚、しかも誰かの手駒として戦うなんて、嫌だよ。
とにかく、サソリは、死体から傀儡を造る。でもサソリは死ぬ、わけじゃない。つまり死なないけど人傀儡になる。そんなことって出来るのだろうか。万が一、それが出来たとしたら……


「ばっ馬鹿、サソリ、傀儡になんかなったら、わたしがいる意味ないじゃん。医療忍者なんて、存在価値が無いでしょ」


だって医療忍者は、傀儡を治せないもの。治すっていうか傀儡って直すものだ。傀儡を直せるのは傀儡使いだけだ。ていうかやっぱり、サソリの傀儡姿が想像できない。「後悔とか、しないって言い切れんの」目が渇く。三回瞬きをした。床を見ていたサソリは一瞬だけわたしを見て、それからまた伏せた。「後悔ね…わかんねえけど、心残りなら、ある。心残りっていうのか知らんけど」


「おまえの料理、もう食えねえと思うとちょっと、迷う。傀儡になろうか」


じゃあならないでよ。わたしが死ぬまでご飯つくるから、だから人間のままでいてよ。ねえ。「ねえ、わたしおまえがすきなんだよ」苦し紛れ。