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今日も特別なにかあるってこともなく、わたしたちはいつもどおり朝食を済ませ、サソリはさっさと自室に戻って傀儡製作に取り掛かってしまった。わたしはソファに座りながらぼーっと窓を眺めたあと、お皿洗いと部屋の掃除に取り掛かった。専ら家事担当のわたしはべつにこれが不満ってこともないからまあ、普通にやってる。ご飯つくるときにはサソリも手伝ってくれるしね。
そうだ、今日出掛けたいんだ。思ったわたしは時計を確認したあとエプロンをはずし外に出た。前にサソリに「ここは前より危険なんだぞ」と言われたのが脳を掠めたけど、まああいつは心配性だからね。気にも留めなかった。
なんせ毎回のようにサソリを連れ回すのは悪い気がしてならない。サソリは何かをするためにわざわざ里を抜けたのだ。わたしが水を差すようなことはしたくない。でも、あんまり危険なことで、わたしがサソリを失うようならば水でも何でも差してやるつもりではいるけど。だから何かしでかす前に早く家帰んなきゃ。エコバッグを持って市場へ向かう。


「…うひゃっほーい!」


あ、今のはべつに何か、石につまづいたときのリアクションだとか、そんなんじゃなくて、いやただ、昨日のこと思い出したらにやけちゃって仕方なかったんだよ。周りに誰もいなくてよかったよかった。

八百屋のおじさんに「ちゃん楽しそうだねえ!」と声を掛けられてにやにやしながら「そんなことないですよー」って言ったところで何の説得にもなってないのは間違いないだろう。だって仕方ない、わたしは昨日、勢いに任せて告白(サソリが本気で受け取ったかは知らないけど)して、そしてサソリが笑ってくれたのだ。これはもう、いいのか?OKもらったってことで終わっていいのか?わたしは昨日からにやにやしっぱなしだ。


「あれちゃん?旦那さんは今日は一緒じゃないのかい」
「だっ旦那さんって、違いますよ!」
「あはははそうかい!若いねー」


会話のやりとりが曖昧なまま八百屋さんで大根と人参を買って、お昼までには帰らなきゃいけないから急がなきゃなと商店街に出た。

と、急に後ろから口を塞がれた。

とっさのことで頭が回らなくなる。「ここは前より危険なんだぞ」サソリの言葉が浮かび上がってくる。え、あ、まさか、追い忍の方?だからこんなに気配消すの上手いんだ、あ、やばいどうしよう。固まって動けない。「おっサソリくん!」八百屋のおじさんがこっちを向いて手を振っている。……え?サソリくん?


「こんにちは。すいませんうちの連れが」
「なっ、さ、サソリ?!」


気付いたら口が解放されてて振り返るといけしゃあしゃあとサソリがおじさんに手を振っていた。わたしは口をぱくぱくさせる。


「今度こいつが一人で店に来たら追い返してください」
「おーわかったわかった!だとよちゃん、よろしくな」
「えええちょっと待ってくださいよおじさん!」
「帰るぞ」
「買い物まだなんだけど!」


わたしの反抗も虚しくサソリにずるずると引っ張られることになった。何なのこれ…あ、サソリお腹減ったんだろうな、ああ、すいません。


「一人で出歩くなっつったろうが」
「…言われたっけ」
「んじゃ今言う。出歩くな」
「監禁ですか」
「…ほんとおまえなあ」


家の前でぐるっと振り返る。サソリが何を言うのかと思いきや、頭をぐっと押された。


「自分が抜け忍だって、死ぬ程自覚しろ、馬鹿。いいか、おまえだって中忍やってきたんだからわかるだろ、忍の世界はそんな甘くねえんだよ。里を抜けるのなんて大罪だ。誰も守ってくれねえ。馬鹿みてえなことだろ、敵を増やしてるようなもんだ。だから自覚しろ、甘く見るな、追い忍を軽んじたら最期だ。あっと言う間に首を持ってかれんだぜ、知らねえだろ。だからなあ、真昼だろうが何だろうが一人で出歩くな。おまえ守れんのはおれだけなんだよ、わかってんだろ。ほら返事」
「は、い」


マシンガンのような説教を食らったわたしは膝が曲がらないほど硬直してしまった。あんまりにもサソリが真面目で、まるで自分に言い聞かせてるみたいに感じたからだ。わたしは曲がらない足をぎぎぎと軽く曲げる。


「心配性だねおまえは」
「…うっせえ」


ものすごく微笑ましいことこの上ない。