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歯っていうのは何歳くらいに全部生え変わってればいいんだろう。わたしの知り合いは十二歳で生えそろってたなあ。ちなみにわたしは左下の歯がまだ子供の歯だ。で、最近抜けそうになってきたのだ。抜けそうっていうか、もう抜けると思う。それくらいゆらゆらしてる。


「サソリって全部歯生え変わってる?」


夜御飯を食べながら聞いてみた。ポテトサラダを頬張りながらわたしに向いたサソリははてなマークを飛ばして、わたしは、あ、なんかこいつ可愛いって思った。


「なんで?」
「わたし一本だけまだでさ、すっごい揺れてるんだよ」
「ふうん。おれはとっくのとうに生え変わったぜ」
「ほんと?あ、わたし前サソリが歯抜けてた現場に居合わせたことあったよね」


サソリは「そうだっけ」と顎に手を当てた。うん、あったんだよ、何歳だったっけな、アカデミーの…ああ、そうだ、七歳のときだ。わたしがサソリん家に遊びに来たとき、チヨバアさまがお煎餅出してくれて、二人でこたつに入りながらばりばり食べてたら、いきなりサソリが「あっ」って声上げたから何かと思ったんだよね、そしたら歯抜けたとかで、急いで洗面所行っちゃって、わたしも慌ててついてったんだよ。おかげでドラえもんズの映画ちょっと見れなかったんだよね。まああれビデオだったから巻き戻したけど。


「ドラえもんズかっこいいよねー」
「話ずれてるぞ」


あっそうだった。サソリの歯、下の歯だったから屋根に向かって投げたよね。そのあとどうなったか知らないけど、懐かしいなあ、今頃あの歯、どうしてんだろね。ぼんやり言ったらサソリが吹き出した。


「懐かしむのが歯とか、馬鹿っぽい」
「失礼な」
「じゃあおまえの歯抜けたら投げてやろうぜ」
「うん、いいね」


懐かしむのが歯だと馬鹿なんだ。じゃあなんだったらいいんだろう。ふっと、チヨバアさまを思い出した。…ああ、そうか、チヨバアさまだね、わたしとおまえがいる上で一番近しい、近しかった存在って間違いなくチヨバアさまだ。わたしがサソリん家に行くといつも笑顔で迎えてくれて、サソリの両親が死んだあとも、こっちが苦しくなるくらい無理矢理笑ってみせて、それが元のやわらかい笑顔に戻ったのはいつだったか。もう覚えてないけど、でもチヨバアさまの存在は無くてはならなかったはずだ。

そのことを口にするのは怖かった。ふっと笑ってまた食事を再開したサソリに合わせるようにお茶碗を持った。ちよばあさま。頭のなかでその文字がぐるぐる回る。結局何も言わずに出てきてしまった。いいわけがない。頭ががんがんする…倒れそうだ。


?」


何にも気付いてないだろうサソリが箸を持ちながらわたしを見る。その褐色の眼がわたしを捉えて我に返った。「どうした」サソリが聞いてくる。


「や、何でもないよ」


言ったけど、ちよばあさまの文字はもう掻き消えたけど、頭痛が収まらなかった。くらくらしてきて、目がちかちかしてきた。口を尖らせたサソリが立ち上がって、わたしの方へ回り込む。


「もう休め」
「え、でも」
「顔色最悪だぞ。片付けはおれがやるから、寝とけ」
「…ごめん」


サソリに支えられるようにして和室に行った。布団に潜り込んで、居間から聞こえるサソリがお皿を洗う音があまりにも優しくて、わたしは数分も経たないうちに寝てしまった。