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クラスは三年間で一度も一緒にならなかったし、接点といえばやっぱり部活仲間の幼なじみというだけでそんなに親しい間柄とは言えなかったかもしれない。それなのに今でもふと思い出してしまうのは、あの二人があまりにミスマッチで、そして周りとはまるで違くわたしの目に映ったからなのだろう。
例えば大ちゃんは覚えてるかな。中二の夏頃、わたしが他校の偵察に行こうとした日のことを。


「赤司くん、今日偵察に行こうと思うんだけどいいかな?」
「ああ、構わないよ。一人で行くのかい?」
「え?うん。そのつもりだけど…」
「そうか。ならちょっと待っていてくれ」


いつもの、午後練が始まる前の時間だった。何人かが集まってはいるもののホームルームが終わる時間はばらばらなのでクラスによっては準備が整っていなく、部活の開始にはまだ少し時間がありそうだった。ステージ近くで赤司くんにそう言われ棒立ちしていると彼は体育館の側面の入り口へ行き、外に顔を出して誰かと話しているようだった。そんな人通りのないところに一体誰がいるんだろう。気になったけれどここからじゃ相手の姿は見えなかった。
数十秒後に赤司くんが顔をこちらに向け、手招きをした。小走りで駆け寄りさっき赤司くんがしていたように外に顔を覗かせると、「えっ?!」なんとそこには何故か本を両腕で抱え込むちゃんがいたのだ。ハッとしたのはわたしを見たちゃんで、彼女の登場に思いもよらなかったわたしは素っ頓狂な声をあげてしまった。


がついて行けるそうだ。何か役に立つかもしれないから連れて行くといい」
「へ?!まっ、待って赤司くん、いくらなんでもそれは」
「大丈夫だ。じゃあ、桃井の言われた通りにするんだよ」
「うん。わかった」


わたしの異議は呆気なく却下された上、二人のやりとりが色々通り越して不気味だと思ってしまった。赤司くんは何事もなかったかのようにコートの方へ戻り集まってきた部員に指示を与えている。言い方こそ優しかったものの、彼の今のは命令とは言わないのだろうか。当然のように言う赤司くんもだけど、当然のように従うちゃんにも問題があるんじゃないか。…え、なに、二人って幼なじみなんじゃないの?!思わず顔を引きつらせてしまう。そんなわたしをちゃんは何の違和感もなさそうに見上げていた。……そもそもどうして彼女がこんなところに一人でいるのかすごく気になる、けど、早く行かないと向こうの学校の部活動が終わってしまう。ここで躊躇ってる暇はないのだ。とにかく赤司くんの指示通りこの子と一緒に向かおう。
ローファーに履き替え二人で正門をくぐる。一年のときから何度か話したことはあるものの、こんなに長い時間を一緒に過ごしたことはなかったので少し緊張する。


「ね…ちゃん、なんであんなところにいたの?たまたま?」
「ううん。よくあそこで待ってるから」
「待ってるの?誰を?」
「征十郎くん」
「あか…え?!」


そう言われてみれば確かに部活後、彼女が赤司くんといる姿を目撃したことがある。わたしはほとんど大ちゃんに合わせて帰るから赤司くんを見かけること自体あまりないけれど、それにしても彼女が一緒にいる頻度は高い気がする。あれはたまたま二人の帰る時間が被っただけなのかと思ってたけど、まさか赤司くんを待ってたなんて。


「毎日?自主練してる日も?」
「毎日ではないよ、自主練してる日も待つときは待つけど」
「ど、どうして?待ってろって言われるの?」
「うん。先帰っててって言われるときもあるけど。そしたら待たないよ」
「…そうなんだ…」


じゃあ、彼女は100パーセント赤司くんの指示に従ってるんだ。赤司くんの統率力は確かに飛び抜けてすごいけど、それにしたってちゃんはそれとは別っていうか……。前々から思ってたけど、ちゃんて赤司くんに従順すぎる。あんなところで一人待たされてるのが可哀想って思うのがおかしいのかもと思わせるくらいに。


「嫌なら嫌って言ってもいいと思うよ…?今回だって、ちゃん全然関係ないのに巻き込んじゃって…」
「征十郎くんが言うことに嫌って思ったことないよ!むしろ、ごめんなさいさつきちゃん」
「え?」
「きっと征十郎くん、わたしがいつもこの時間暇してるって思ったから、用事をくれたんだと思う」


だってさつきちゃん一人の方が絶対効率よく出来てはかどるだろうし。困ったように笑うちゃんは、きっと赤司くんを本当に信頼してるんだろうと思った。たとえそれが彼女にとって都合のいい解釈だとしても、わたしがその考えを否定できる根拠は何もないから可能性はゼロだなんて言わない。
「もしそうだったら、嬉しいね」そう言うと彼女はきょとんとしたあと、ゆっくり目を細めて笑った。大きく頷く。「うん、だからね、」


「わたし、征十郎くんにいらないって言われるまで、離れたくないんだあ」


まっすぐ、嘘偽りのないその言葉はとても優しく耳に残った。そして、赤司くんに対してこんなことを思うのはおこがましいけど、この二人がこれからどうなるのか見守っていきたいと思った。どんな形でもいいから、ちゃんが赤司くんに報われてくれたらいいと思う。


偵察は無事に完了することができた。まとめたノートを持って体育館に入るとすぐ近くで赤司くんが腕組みをしてミニゲームの様子を見ていて、声を掛ける前にわたしたちに気付いた彼はこちらに来てくれた。


「おかえり二人とも。桃井の役には立てたかい?」
「助かったよ、やっぱり二人いるとはかどるね」
「そうか。よかったな
「うん!」


確かにこうして見ていると、ちゃんの都合のいい解釈もあながち間違いじゃないと思える。やっぱり不思議な関係だなあ、と改めて二人を認識した。
ちゃんは部活が終わるまでまたあの入り口の外で待つらしい。この季節はまだいいけど、去年は寒くなると教室や保健室にいたんだそうだ。情報をまとめたノートを赤司くんに渡し、他のマネージャーたちに混ざろうと踵を返した。


「桃井、ありがとう」


その声に振り返ると、赤司くんは真っ直ぐな視線のまま口元に笑みをたたえていた。「…うん」それがスカウティングのことなのか、ちゃんのことなのか、わたしには判別がつかなかった。
けれど、やっぱり赤司くんなら心配ないな、と思った。きっと彼なら、ちゃんを報いてくれるだろう。それがどんな形になるかはわからないけれど。


そんなことを思ったあれからもうすぐで二年になる。この二年間、バスケ部のみんなにいろいろあったように赤司くんとちゃんにもいろいろあったみたいだけど、高校も同じところに行ってくれてほっとしている。残念ながらわたしからは様子は見えないけれど、今も変わらず二人が一緒にいてくれたらいいと思う。


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