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時間をかけて辿り着いた保健室で、校医の先生の手当てを受けた。左膝の擦り傷に消毒とガーゼを貼られ、右足のふくらはぎは黒のソックスを脱いで触診してもらったあと、軽い打撲だから放っておいても治ると診断された。それから先生は「職員会議だからいなくなるけど、アレだったらここで休んでていいよ。ただし薬品とかには触らないでね」と征十郎くんに伝えて保健室を出て行ったのだった。
はい、と簡潔に返した征十郎くんは彼女が部屋の引き戸を閉めたのを見届けると、腰掛けていた椅子の背もたれに緩くもたれかかった。わたしが処置してもらってる間そばで何か考え事をしてたのは何となく察していたけれど、もう解決したのだろうか。ハイソックスを右足に履き直しながら斜め前に座る彼の気配を探る。


。高倉は偶然居合わせたのか?」


くるぶしまで履いたところで問いかけられ、顔を上げる。征十郎くんも伏せていた目線を上げ、わたしを見ていた。同情や憐憫の類ではなく、責めるでもなく、ただ知るべきこととして聞いてるんだとわかった。だからわたしも、目を逸らしたけれどそれは、さっきのことをよく思い出すための動作だった。


「階段から落ちて、立ち上がったら、上の階から声かけられただけだよ。居合わせたっていうより…」
「他に何か言っていなかったか?」
「えっと、どうしたの?大丈夫?って聞かれて、大丈夫って答えたら、保健室行こう、歩くのつらそうだから手貸すよって言ってもらった…と思う」
「……そう」


征十郎くんは再び目を伏せて、両足の間から見える保健室の床を見つめているみたいだった。どうして高倉くんのことを聞くんだろう。不思議に思った次の瞬間、彼の考えてることを察してしまい心臓が冷えた。ぎこちない動きでハイソックスを履き直す。
ここでようやく思い出す。高倉くんって元バスケ部だ。入部してすぐ退部してしまった人だ。征十郎くんが部室で退部届を渡してくれた。…だからかな、征十郎くんが、疑ってしまっているのは。


「わたしが足滑らせただけだと思う、よ…」
「ん?」
「学校始まったばっかでボーッとしてたから、あはは…」
「ふっ……そうなのか?」
「うん」


肩をすくめる。征十郎くんの表情が和らぎ、笑みも浮かぶ。よかった征十郎くん笑った。


「気を付けるんだよ。足、痛いだろう」
「うん。征十郎くん、助けてくれてありがとうねえ」
「助けられてないよ。でも大事にならなくてよかった」


征十郎くんの柔らかい笑みにへにゃりと破顔する。「何かあったら俺を呼ぶんだよ」付け加えられた言葉に頷く。頷いたまま、いいのかなと思う。呼んだら迷惑がかかってしまうんじゃないかな。おそるおそる顔を上げると、征十郎くんは首を傾げてから、ああ、と笑みを深めた。


「助けられないんじゃ何の意味もないよ」


その言葉で心が軽くなる。征十郎くんとの遠い距離に不安に思うこともなくなる。ねえ一生このままでいいんだよ。このままずっと征十郎くんに守られていたらきっとわたし、ずっと幸せだ。
「そうだ。今月末東京に帰るんだが、も来るかい?」そんなお誘いに二つ返事で頷き、先生が戻って来るまで休んでから帰った。冬真っ只中の外は暗かったけれど、征十郎くんが家まで送ってくれたので何も心配いらなかった。


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