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「アンタ、女の子を男子トイレに連れ込むとかどんな神経してんの…?!」
「それは謝った!緊急事態だったの!」


翌日の朝練で昨日のことを話したら当然のようにお叱りを受けた。寝ればいろいろ冷静になるし今考えれば俺もどうかしてたと思うけど、あのときはあそこしか逃げる場所がなかったのだ。許してほしい。
つか言いたいのはそこじゃねーし。意図してないところをつつかれて口を尖らせるとレオ姉ははあと溜め息をついた。立ったまま体育館の壁に寄りかかるそいつを座ったところから見上げる。視界に入ったタイマーによるとあと一分で休憩が終わるらしかった。手に持った感覚から残り少しと読んだドリンクボトルをあおると、思いの外残っていなかった。すっきりしない。


「…まあ征ちゃんの件も、あの子は肯定しなかったんでしょう?大目に見てあげなさいよ」
「えー…」


レオ姉は相変わらず赤司に甘い。もっと言ってやるべきことあんじゃねーの。ていうか赤司の立場が俺とかだったらそれこそ背中思いっきり叩くくらいのことはしそうじゃんね。
寝て起きてもやっぱり赤司に対する憤り、まではいかないけど、こう、もやもやするのは治まってなくて、あのときが泣きそうだったのとかおまえが曖昧にした返事についてとか言いたいことはたくさんあった。ちらっとそいつの方を見ると三年の先輩と話してるらしい。今までベンチ入りすらしてなかった奴だ。ウインターカップはあの人が入るんだろうか。随分前に黛さんも起用してたし、あいつの選球眼はよくわかんないけど間違いじゃない。主将として一流なのは認めるよ。だから、俺はおまえのこと嫌いじゃねーんだって。尖らせた口の力を抜き、持っていたドリンクボトルを床に置いて立ち上がる。…おまえのこと嫌いじゃないから、余計口出したくなんのかも。


「ていうか、それ私に言う前に征ちゃんに言ってあげなさいよ」
「あれ、やっぱそっちに言った方がよかった?」
「当たり前でしょ。ちゃん救えるのは征ちゃんだけなんだから」


それはそうだね。「でもは赤司に知られたくなさそうだったけどなー」呟くと、レオ姉は少しだけ顔を曇らせた。それを横目にコートへ一歩踏み出す。ブザーが鳴った。




赤司と話す時間ができたのはその日の昼休みだった。三階から降りてきたそいつをたまたま見つけて短いあいさつをしたら向こうは立ち止まって俺の名前を呼んだ。俺は教室に戻る途中だったからそのまま通り過ぎてもよかったんだけど、腹の底に溜まったもやもやを取り除く方法を、あいにく俺は本人にぶつけるしか知らなかった。きっとレオ姉が想像してるような言い方にはならないだろうな。まあ、いいっしょ、この件は俺が当事者だし。方向転換して近寄ると意図を察したらしい赤司は他の人の通行の邪魔にならないよう端に移動した。


「…きのうさ、」
「ああ、やっぱり小太郎だったか」
「なんだ、気付いてたのかよ」
「ものすごい足音で走って行ったろう。さすがに気付いたよ」


どうやらバレたのは俺が逃げた時点らしい。俺の忍者らしかぬ抜き足差し足はなかなかの腕前(足だから足前?)のようだ。それには一旦気分がよくなったけれど、すぐさま冷静になる。上げた口角をそのままに、赤司を見据える。


「…もいたんだけど」


そう口にした瞬間、赤司に動揺が走ったのがわかった。気付いてなかった。いや姿は見えなかっただろうし俺と同じように足音を立てずに近付いてたから赤司が気付かなくても無理はない。それに、赤司はがあの場にいたと知っていたら、間違いなくあれに対してどうにか取り繕った返答をしていたはずなのだ。それすらしなかったらさすがに、怒るよ。


「……そうだったか」
悲しそうだったよ」


伏せた両目は昨日のように嫌悪の色は浮かべていなかった。代わりに後悔してるように見えるのは俺の勘違いじゃないだろう。主将とはいえ一応後輩だし、なんかいじめてるみたい?そんな考えがよぎったけれど、先輩だからこその言い方があるんだよ。さてレオ姉の言った通り赤司はを救えんのかな。

赤司がと距離を保つ理由を俺はよく知らない。レオ姉は知ったような雰囲気出してたけど、ちゃんと聞いたことはなかった。赤司との距離感がもともとそんな感じなのかと思ってた。でもよく考えると、高校を赤司を理由に選んだと、そののことを大事にしてるように見える赤司が一緒にいようとしないのは俺の目に変に映る。
そのうえ赤司はのことをただの幼なじみだって言われて反論しようとしない。なんなんだよ、意味わかんねえ。だからが悲しい気持ちになるんだよ。
何も言い返さない赤司に俺はたたみかける。もう自分がすっきりするためじゃなくなっていた。


もレオ姉も言わないだろうから俺が言うよ。がこんな目に遭うのは赤司のせいじゃねーの?」


しかし次の赤司の台詞には、口を尖がらせざるを得なかった。


「わかってる。でも、そうだとしても僕は、を手離したくないんだ」


だからそういうことじゃねえだろ。


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