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土日を挟んだおかげで翌週には全快で、先週と変わりなく登校することができた。九月に入ったし、夏服ももうすぐで終わりだなあ。思いながら校門をくぐると、周囲は既にちらほらと冬服に移行してる生徒が見受けられた。濃灰色のシャツにグレーのブレザーは、珍しい組み合わせでかっこいいから気に入っていた。

金曜は学校に来てすぐ征十郎くんに体調不良を指摘されて保健室に行ったから、授業をまるまる受けていない。友達に頼んでノートを見せてもらわないと。あの日征十郎くんとたまたま会えたのはラッキーだった。自分自身、何かいつもとちがうなあと思いつつ違和感の正体がわかっていなかったので、征十郎くんに熱があるんじゃないかと言われて初めて、これが身体のだるさから来るものだと気付いたのだ。それから保健室に行って、体温を測ったところ三十七度八分を叩き出して即刻早退した。家に着く頃にははっきりとした倦怠感と頭痛を感じていたので、あのまま学校にいたらと思うとゾッとした。

ぼんやりと、秋の支度を始める並木道を眺めていたところだった。ふと視界の隅で、人を惹きつける色を捉えた。鮮やかな赤。そこに焦点を合わせ、すぐに駆け出す。


「征十郎くん、おはよう!」
「…ああ、おはよう」


制服姿の彼はどうやら部室から教室に向かうところなのだろう。グレーのブレザーに移行したらしい征十郎くんはさっきまで練習をしていたことを少しも感じさせない涼しさだった。けれど体育館からはバスケ部の人たちが何人か出てきているので、間違いなく彼も朝練を終えてきたのだろう。立ち止まった征十郎くんはわたしに合わせて少しだけ目線を下げ、それからやっぱり少しだけ、首を傾げた。


「体調はどうだい?」
「もう全然元気だよ。征十郎くん、ありがとう」
「僕は何もしてないさ」


さらさらと返す彼に首を振る。金曜日にお見舞いに来てくれたのは本当に嬉しかったし、そのあとも土日で気遣いのメールをくれたのもありがたかった。ただ寝てるだけの自分が申し訳ないくらいだったよ。そう伝えようと口を開いた瞬間、「おう!全快か!」太い声と同時に背中に強い衝撃を受けた。まるで構えてなかったわたしはダイレクトに受け、そのまま正面によろけた。前にいた征十郎くんが受け止めてくれなかったら地面とこんにちはしていたことだろう。


「永吉…乱暴はよしてくれ」


征十郎くんの困ったような声音がすぐ近くから聞こえてくる。どうやら根武谷さんがわたしの背中を叩いたようだ。「悪い悪い!」悪気のなさそうに豪快に笑う根武谷さん。びっくりしたけど、実際根武谷さんはわたしの体調を気にかけてくれていたのだろう、それは素直にありがたい。征十郎くんにお礼を言いながら離れる。割と勢いよく倒れ込んでしまったけれどさすがは征十郎くんというところか、少しも動じていなかった。根武谷さんもだけど、征十郎くんもスポーツマンとしてとても鍛えているのだ。


「赤司と小太郎が話してるの聞いてたけどよ、よかったなすぐに治って」
「あ、ありがとうございます」
「永吉、遅刻はするなよ」


彼の身なり的にも方向的にも、朝練後の体育館から戻ってくる途中であることがわかる。腕時計で時間を確認してみる。ホームルームの時間も差し迫ってきてるし、わたしたちも急がなければ。
おうと返す根武谷さんの声を聞き顔を上げたわたし、より先に、征十郎くんが一歩足を踏み出した。


「それじゃあ、また放課後」


小さく言い、昇降口へ去って行く征十郎くん。言葉を返すこともできず、わたしはその背中を目で追いながら、無意識にぽかんと口を開けてしまう。それはどうやら根武谷さんも同じだったようだ。


「なんだよ、一緒に行きゃーいいのにな」
「…いえ、大丈夫です…」


ハッとして俯く。いつものことなのに何を、思ってるんだわたしは。さみしいなんて思うの、図々しいな。
いい加減慣れてよ。征十郎くんは忙しいんだから、わたしなんかにいつも構ってあげられるものか。


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