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体育館脇の出入り口を覗くも、そこには誰もいなかった。あれ?スポドリを飲みながらぱちぱちと瞬きをし、それから身体を後ろにひねる。


「赤司っち、今日はいないんスか?」


向いた先には俺と同じようにスポドリを飲んでいた赤司っちがステージに寄り掛かって立っていて、俺の声に気付くと目を丸くしながら「ああ」と答えた。どうやら今日はまっすぐ帰ってしまったらしい。なんだ、と少し残念な気持ちをそのまま声にして、無人の出入り口から離れ彼の方へ歩いて行く。俺のリアクションが意外だったのか、赤司っちは俺を凝視したまま、近くまで来るとわずかに首を傾げた。


「何か用だったのか?」
「いや?そういう訳じゃないっスけど」
「…? そうか?」
「…ああ、と話すの結構楽しみにしてるんスよ、俺」
「なるほど」


合点がいったのか表情をほころばせた赤司っちに俺も頷き、なんとなくまた出入り口に目を向けた。赤司っちの幼なじみであるは練習が終わるのをほとんど毎日あそこで待ってるから、俺や他の部員は休憩がてら彼女との会話を楽しんでいた。とは同じクラスでこそあれ普段の学校生活で話す時間はあまり多くないので、実際彼女とのコミュニケーションはこの時間が主だった。彼女はのんびりした印象で、聞き上手というのかもしれない、話すのはなかなかに楽しいのだ。紫原っちも同じクラスだが彼はそこまで関心がないらしく、二人が話しているのはほとんど見たことがなかった。首を戻し赤司っちに向き直ると彼はボトルから口を離し、そういえば、と顔を上げた。


「黄瀬はのことを名前で呼ぶんだな」
「ああ、そっスね。さんってのも変だし」
「それもそうだな」
「あ、もしかしてやきもちっスか?」


わざとらしくにやにやしながら口を隠す。俺はこの間のドッジボール大会から更に二人を観察するようになり、二人の不思議な関係を自分なりに推理しているのだ。有力な何かを発見するには今のところ至ってないけれど、遠い割に間には入り込めない二人の距離感を見ているのはなかなか楽しかった。
ちょっとした軽口のつもりでつついてみると赤司っちは「まさか」と至極愉快そうに笑ったので、これは嘘じゃないなと内心残念に思う。まあ、こっちもそんなつもりではないからこれ以上深掘りはしないけど。売り言葉に買い言葉ではないけれど、そう、いわゆる形式美ってやつだ。


っちって呼びたくなるときもあるんスけどねー」
「へえ。彼女を認めているのか」
「そりゃあ。赤司っちと幼なじみを続けられてるところとか」
「……」


冗談のつもりだったのだが、予想外に赤司っちはピタリと動きを止めてしまった。あ、やばい。口が過ぎた。途端に焦った俺は何とかして誤解を解こうとブンブンと手を振った。「冗談っスよ!」「…いや、素直にすごいと思うよ」…へ?正面に顔を向けた赤司っちは、誰もいないコートを見ながら続けた。


「あいつは俺と昔からの仲のせいでたくさんつらい目に遭ってきた。俺といるせいでは不幸なはずなのにな。まだ俺についてきてくれる」


赤司っちの横顔は嫌に静かだった。普段と変わらない、冷静な彼だった。しかし俺は、赤司っちの口からそんな台詞が出てきたことに対し驚きというよりは違和感を感じた。赤司征十郎らしかぬ自信のない物言いだ。が絡むと俺が知らなかった赤司っちの一面が見えるのはこの間知った。けど今回は?むしろのことだからこそ、赤司っちのその台詞は不思議でしかない。

不幸だなんて、あんたがそんなこと言うのか?


「…はそんなこと思ってないと思うっスけど。信じてないんスか?」
「いや、信じてるよ。俺は何より彼女を信じてる」


赤司っちが言い切ったそのタイミングで、ブザーが鳴った。休憩時間が終わったらしい。目を向けるとぞろぞろと部員がコートに集合していっているので、すぐにミニゲームの続きが始まるだろう。その前に赤司っちに何か返さないと、と思い向き直ると、赤司っちはマイペースにしゃがんでシューズの紐を結び直していた。まるで話は終わったと言わんばかりで、なんだかなあと気の抜けた俺は言うのをやめ、ボトルをステージに置いてコートへ足を向けた。…信じてるねえ、その台詞も本心だろうな。多分だけど、さっきまでの言葉に嘘はない気がする。本当に全部思ってる。でも、自分といるせいでは不幸だって、それ、どうなんだよ。ていうかそう思っていながら付かず離れずみたいな距離感保ってるって赤司っち矛盾して、


「黄瀬」


名前を呼ばれ反射的に振り返る。赤司っちは立ち上がり、俺を見据えていた。険悪ではない。むしろ雰囲気はさっきと同じようで、静かに笑みすら浮かべているようだった。


「やっぱり少し妬いてるのかもしれないな」
「え、」


今、何と。妬いてる?赤司征十郎が?それってかなりレアなんじゃないか、とか場違いなことを考えた俺は何やかんや部外者で、ハタから彼らを見ているだけなんだろう。赤司っちも赤司っちで嫉妬の念に襲われてるなんてこともなく、普段通りの彼が俺と対峙していた。視線が少し強くなる。


「だが黄瀬、は俺のだ」


一瞬呆気にとられたけれど、「そんなこと言われなくても」素直に返せてしまった。返したあと、気付く。赤司っちは矛盾しているわけじゃないと。ただ、のことがすきなだけなんじゃないかという、その可能性に、俺はこの瞬間思い至ったのだった。


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