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入学前の僕は、強豪校と名高い帝光中学の部活動のレベルがどの程度なのか予測がつかなかったものの、練習の他すべてにおいて厳しいものになるのだろうと覚悟していた。部活動による拘束時間は増え、他のことに気を回せる時間は減る。やれることはやるつもりだが、その中でどれだけ彼女に目を向けることができるのかわからなかった。
それに加え、小学生の頃いつもそばにいさせたせいでを何度も危険な目に遭わせた反省を生かし、中学では彼女との関係を隠そうと思った。僕がをどう思っているのか、誰にもわからないようにすれば前のようなことは起こるまいと。それが式後の僕の思惑だった。

とはいえ、あの発言はあまりに不甲斐ないものだった。己の力の至らなさを自ら露呈しているようなものだ。できることならずっとそばに置いて見守っていたい。けれどそれは、自分の立場が許さないのだ。情けないと思いながら彼女に伝えた記憶はあるが、与えた不安を考えたら圧倒的に口にする価値のないものだった。

結果として、出回る噂はどれも想定の範囲内で、僕とを表す表現として的確なものは一つもなかった。周りは誤解し、僕にとってのは幼なじみでこそあれ大した存在でないと思い込み、同時に僕に関する者という枠から彼女を除外した。下校を共にしていたことすら僕の義務であると都合よく受け取ってくれたらしい。中学生活三年間、思惑はおおよそ順調だった。
しかしその中で唯一、灰崎の存在はイレギュラーだった。奴はが僕の言いなりであるというだけで興味の対象とし接触した。厄介な奴に目を付けられた、と思ったがしかし問題視していたそいつはどうやら二日で興味が失せたらしく、それ以降に何かをすることはなかったようだった。


「灰崎。俺への当て付けでに手を出すようなことは許さないぞ」
「はあ?んなことしねえよ」


二年次、退部を強いた際にその懸念はあったものの、もうこのとき既にのことは頭になかった様子だった。ならいい、と思ったことをそのまま返そうとすると、その前に奴が口を開いた。


「つか、おまえも物好きだよなァ」
「…何がだ?」
「おまえにとっちゃあ、あんなんただのお荷物だろ。全然理解できねえわ」


その台詞にスッと目を細める。怒りで脳を沸かせることはせず、頭は至って冷静に、なるほど、と思った。他人からはそう見えるのか。おそらくそれはの評価というよりは僕自身に対する評価なのだろう。赤司征十郎という人間にとってという幼なじみの存在はお荷物でしかないのだと。灰崎視点の評価を気に留めようなどとは思わないが、きっとそれは多数人の見解でもあるのだろう。参考にはしてやろうと、その台詞は二年経った今でも覚えている。



大外れだよ。ふと思い出して無意識に口元を緩めていた。彼女が僕のお荷物だなんて、思ったことは一度もない。
少し話し過ぎたらしく、部室を出ると外は日が傾き始めていた。明日の部活の開始時間を確認する玲央に答えながらエナメルバッグから鍵を取り出す。見解を見誤っている奴らに正してやる義理はない。むしろそのままでいてくれた方が都合がいい。鍵を閉め、僕を待つ玲央へ振り返る。本当のことを知っているのは僕が信頼できる者だけで構わない。
なによりが、僕から離れたいと思わなければそれで。


「玲央、伝えておこう。僕にとっては犬でもましてやお荷物なんかでもない、この世で最も大切な人だよ」


彼女のためなら何でもできるとさえ思う。この感情の名なら、とうの昔から知っていた。
先ほどの発言からも予想できる通りその意味をわかっているのだろう、一瞬驚いた表情を見せた玲央はそのあと嬉しそうに「そう。応援するわ」と笑った。


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