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仮入部期間を経てたくさんの新入生がバスケ部に入部した。塵も積もれば山となるというのは本当で、薄い入部届はかさばりながらも肩を寄せ合って部室の棚にしまわれていた。本来であれば監督である白金先生が保管しているべきなんだろうけど、最初だけここに置いておくのは毎年恒例なんだそうだ。纏められた束を崩さないよう、慎重にファイルとファイルの間から引き抜く。本入部初日に提出されたこれらを束ねたのはわたしだし、ここにしまったのもわたしだ。多分引き抜かれたのも今日が初めてだろう。
入部届をどさりと机に置く。何枚あるのか数えたことはない。その隣に、何十分の一かはわからないけれどそれなりの厚さはある別の紙の束と、さらに数枚、新しい入部届を机に並べたらわたしの仕事の始まりだ。携帯のディスプレイを見るともうすぐ四時を回ろうとしているところで、もうアップは終わったのかな、と体育館に思いを馳せてみる。きっと今日も七時過ぎまでやるのだろう。ここは部員の人が着替えに使うからそれまでに終われば問題ないはずだ。さて頑張ろう、とシャツとカーディガンを一緒に捲った。





ガチャリとドアが開く音がしたと思ったら、そこには部活のジャージを羽織った征十郎くんがいた。さっきの今でまた彼が来るとは思わなかったので驚いた。何を隠そう、征十郎くんこそが部活が始まる前にこの仕事を託してくれた張本人なのだ。どうしたのだろう、と見上げていると征十郎くんはわたしと目を合わせたままスタスタとこちらに来て、とても優美な動きで一枚の紙をわたしに見せた。


「体育館でまた渡されてね。よろしく頼むよ」


それは机の上にある程度の厚みで座っているそれと同じものだった。うん、と頷いて受け取ると、征十郎くんはそのまま立ち去らず近くにあるイスに腰掛けた。

洛山高校はバスケ部の強豪校である。毎年そこでの活躍に憧れたたくさんの人が入部を希望するけれど、厳しい練習や周りとの実力の差に退部を申し出る人も一定数いるらしい。入部届がどっさり提出された次の日から毎日のように退部のそれが主将である征十郎くんの元へ届くのだ。今日の部活でも渡されたというそれを、昨日までに溜まった束に重ねる。こっちも、何枚あるのだろうか。


「そいつ、と同じクラスだろう」
「あ、本当だ。…高倉くん」
「知ってる?」
「ううん、知らないや」
「そうか」


膝に頬杖をついて笑う征十郎くんはきっと知ってるんだろうなあ。まだそんなに日にちは経ってないけれど、もうバスケ部全員の顔と名前は一致してるって言ってた。同じクラスにバスケ部員は三人くらいいて、その中で征十郎くんの幼なじみということを知って話し掛けて来た人が一人いたけれど、あれが高倉くんだったかは定かではない。征十郎くんから視線を落として退部届を見る。大きな文字で書かれた彼の名前。バスケ部じゃなくなったこの人とはこれから先関わることはないだろうと思った。


「あ、そうだ征十郎くん」
「なんだ?」
「今日部活何時まで?」
「ああ、七時までに終わらせてくれればいいよ。先に帰っても構わない」
「うん、わかった」


征十郎くんはすごい。わたしが聞いたことの真意をちゃんと読み取って答えてくれる。わたしの仕事は、入部届の山から退部届を提出した人の分を抜き取って処分し、名簿を作り直すことだ。三時間もかかる作業じゃないと思うけど要領の悪さは自覚してるので頑張らないと終わらないかもしれない。


「それじゃあ頼んだよ」
「うん。ありがとう征十郎くん」


休憩時間を使ったのだろう、わざわざ届けて会話まで交わしてくれた彼にお礼を述べると、征十郎くんも微笑んで部室をあとにした。

よし、頑張ろう。そうだこの入部届けをあいうえお順に並べておけば、また退部届けが来てもすぐ見つけられる。バスケ部の人が辞めてしまうのは悲しいけれど、征十郎くんのためならわたし、何だって頑張れるのだ。


「…あ、」


まず退部していった人の名前を書き出し、入部届からその人たちを抜き出す作業に取り掛かった。一枚一枚リストと照らし合わせないといけないのでなかなか進まない。見逃したらまたやり直さないといけないから慎重にやらないと、と思い紙を重ねていくと、ある一枚の入部届で手が止まった。

……征十郎くんのだ。

紙の束を一度机に置いて、彼の名前を指でなぞる。出身中学やポジション、身長体重などがきっちり書き込まれている。薄い紙だと思っていたけど、これだけは特別な価値があるんじゃないかと思わせた。実際、一年で主将を任された彼だから、価値はあるはずだ。きっと今ごろ部員の人たちに指示を出しながらメニューをこなしているのだろう。中学でも高校でも最強の肩書きを背負い続ける彼の重荷がどんなものなのか、わかってあげることは到底できない。それでもどうにかして。

征十郎くんの役に立ちたい一心で、わたしは生きてるのだ。


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