わたしは作戦を考えた。同じ高校に行けない代わりに、雄英のすぐ近くの高校に通うというのはどうだろう?そうしたら登下校の時間を合わせられるから、一緒に帰れる。それだけでだいぶ安心できると思うのだ。こないだまで、再来年には勝己くんと会えなくなるんだと思って精神的に死んでいたけれど、これなら生きられるんじゃないだろうか!

 ということで春休みの暇な今日、わたしは部屋のパソコンに齧り付いて高校の位置関係を調べ始めた。お昼からずっと、夕方になっても部屋の電気も点けず作業をしているものだから暗い。あと少ししたら点けようと思い右下の時刻を確認すると十七時を回っていた。それからまたディスプレイに目を戻す。視界の隅でベッドの上のぬいぐるみが行進しだしたのにバッと振り返ると、彼らはピタッと動きを止めた。はあ、と溜め息をつく。

 調べる途中で気付いたのだけれど、雄英の近くと言ってもわたしの通う高校がそこより手前にないといけない。使う電車が同じでも雄英より遠かったら勝己くんの下校時間には間に合わないし、朝も勝己くんが家を出る時間じゃ遅刻してしまうかもしれない。いっそ同じ最寄駅に高校があれば話は早いのだけれど、残念ながら雄英と同じ駅に公立高校はないらしかった。
 理想としては、放課後、雄英の門で待ち伏せられたらいい。でもそれってどんな位置関係でも物理的に無理だ。勝己くんが部活に入るなら可能だけれど、あんまり入りそうじゃないし、多分高校でも帰宅部だと思う。となるとやっぱり一緒にいられるのは登校時間だけかも。もしかしたら乗り換えで合流できるかもしれないけど、さすがに勝己くんとの約束を取り付ける必要がある。今まで流れで一緒に登下校していたから、一緒に帰る約束なんて勝己くんが了承してくれるだろうか。考えると気分が重くなる。それでも方法はこれしか思いつかないので、無心でマウスをクリックしていくしかなかった。


「あ、ここいい!……あ、私立かあ、公立がいいなあ。この公立はいくらなんでも偏差値高すぎるし。そもそもわたしの頭で行ける高校って限られてるよなあ。低いならいいけど高いと一年頑張って間に合うか微妙だし……でも一応候補には」

「おい」


「わあっ?!」至近距離で起きた爆破に飛び上がる。一瞬明るくなった部屋はすぐに元の暗さに戻ったけれど、心臓は驚きのあまりどきどきと鳴っていた。イスから転げ落ちそうだったのを何とか耐えて、声と爆発音のした右上を見ると、不機嫌そうな勝己くんと、彼の両手のひらを合わせた隙間から立ち昇る煙が見えた。たぶん、手を叩くみたいに爆破したんだろう。


「か、勝己くん」
「なにブツブツデクみてえなことしてんだ」


 言われて、カッと恥ずかしくなる。み、見られてた……。一人だからと思うままに呟いていたのを、よりによって勝己くんに聞かれてしまうとは。というか勝己くん、いつの間に来てたんだ。お母さん教えてよ。


「いつの間にクソナードがうつってんだよ。やめとけ」
「う、あはは…」


 苦笑いをしながら頭を掻く。ほとんど一緒にいないのに出久くんの性格に似てくるというのもおかしな話だ。けれど、小さい頃はわたしと出久くんで一緒くたにされがちだったから、おかしくもないのかも、なあ。それに比べて、いくらひっついても勝己くんの強気な性格がうつらないことのほうがおかしいのかも。


「で、何してんだよ」
「志望校探してる…」
「あ?」


 暗い部屋で発光するパソコンの画面を覗き込む勝己くん。「ふーん」口を尖らせてそんな相槌を打ってから、暗いと言ってドアへ踵を返した。勝己くんがパチンと部屋の電気を点けると、薄暗かった室内が途端に明かりに照らされる。眩しさに思わず目を細める。途端、バサバサッと勉強机の棚からファイルがなだれ落ちた。肩が跳ねる。


「おまえ普通科だろ」
「う、うん」


 両手をズボンのポケットに入れてこちらに戻ってくる彼に振り向いて、頷く。疑問系にしなくても勝己くんはわかっていたのだろう、わたしに普通科以外の選択肢はないって。乱雑に積み重なったファイルを上から束ね、ライトの上の棚へとしまい直す。それをじっと見ていた彼にフンと鼻で笑われても嫌な気はしない。


「個性ダメダメだもんなあ」


 まったくもってその通りだ。思って苦笑いする。「うん」頷くと、勝己くんは満足げに口角を吊り上げた。


「しょうがねえから勉強教えてやるよ。俺はほど頑張んねえでも受かるしな」
「ほんと?!ありがとう!」


 グッと親指を自分に向ける勝己くんに、背筋をピンと伸ばしてお礼を言う。自分がこの間より受験や高校へ向けて前向きになれていることにちょっと安心した。落ち込んだのも今頑張ってるのも、どっちも勝己くんが理由で勝己くんの言葉がきっかけなのが不思議だなあと思うけれど、物心ついたときからわたしの世界は勝己くんが中心で、すべてだった。それが今も変わっていないだけだ。
 勝己くんはいつも変わらず自信満々で、その頼もしさがどれだけわたしを引っ張ってくれたか。「んで、どこ行きてえの?」パソコンを再度覗き込んだ勝己くんを斜め後ろから見つめる。涙が出そうになったのを堪えて、マウスを持ち直した。


「えっとね、」


 だいすき、とってもすきだよ。離れたってずっとだよ。元気なはずのわたしは、それなのに心臓がじくじくと痛かった。もう春だ。今年の桜は楽しめない。


9 / top / >>