爆豪家への年賀状はわざわざ郵便局のお世話にならない。元旦になったら、パジャマのまま半纏を羽織ってちょっと小走りで、郵便受けにひょいっと入れて終わりだ。出久くん家のマンションは勝己くんの家よりちょっと遠いので、彼宛ての年賀状は他の幼なじみの友達の分と一緒にポストに投函する。毎年同じだ。狭い世界を生きるわたしは年賀状の数も毎年片手と少しで足りるのだけれど、今年は頑張ったのでお母さんからプリント用の年賀状を十枚ももらった。勝己くんと、母方と父方のおじいちゃんおばあちゃん、中学が一緒の男友達三人、あとはクラスの女友達四人だ。年賀状を出したいからってクラスの女の子全員に聞いて回る子がいたから、その子の分も入っている。

 朝寝坊をしておせち料理を食べてから、勝己くんの家に年賀状を入れた元旦。同じく元旦に届いたのは、出久くんと、おじいちゃん家からと、クラスメイト四人からだった。ちなみに、誰に出したのもありきたりなメッセージだったのだけれど、女の子なんかは丁寧に文章を書いていてすごいなと思う。それに出久くんも、ほとんどしゃべらないのにちゃんと書いてくれるの、いい人だよなあ。

 元日の夕日が傾く頃、新年早々昼寝に興じたわたしが人知れず外に出て郵便受けを覗くと、そこにはチラシの上にポツンと、一枚の年賀状が入っていた。迷わず手を伸ばす。裏返しの宛先に自分の名前と、差出人に、一番待っていた人の名前を見つける。くるっとひっくり返す。
 ふわふわしたパステルカラーの背景に、にこにこ笑った今年の干支が、新年のあいさつと一緒にプリントされていた。余白には、黒のボールペンで一言記されている。


[今年もよろしく]


 読んだ瞬間、口元がにんまりとにやけた。勝己くんの字。勝己くんからの年賀状。これを入れるためだけに家の前まで来た勝己くんを想像して、嬉しさと彼への愛しさが湧き上がって、気分は有頂天だった。両手で持ったそれで口を隠しながら、玄関へ戻る。


「うふふふ〜…!」


 わたしの記憶が正しかったら、このメッセージは小五から変わっていない。今手元に残ってるのが中一の年賀状しかないから定かではないけれど、こういうことに関しての記憶力には自信があった。
 わたしは幼稚園の頃から勝己くんからもらったものは全部とっておいているのだけれど、年賀状は小学校を卒業した春休み、部屋に遊びに来た勝己くんに見つかって燃やされてしまったのだ。彼としては恥ずかしかったのか、珍しく怒られてしまった。そのときは本物の勝己くんが目の前にいたので平気だったけど、夜とかには喪失感にちょっと泣いた。中一のクラス発表にビクビクしていた時期だったから余計さみしかったのだ。それでも怒られるとわかっていながら、懲りずに次の年の年賀状からまた残してあるのは、勝己くんへの数少ない内緒ごとの一つだ。

 散らかった勉強机を急いで片し、汚れないように一枚だけを大切に置く。しばらくはこれを見て元気をもらう作戦だ。来週には学校が始まって勝己くんに毎日会えるようになるから、それまでの心の支えになってもらおう。年賀状を見つめながら、今年何て書いたっけ、と記憶を巡らせる。冬休み初日に書いたものだから記憶に遠い。とにかく、他の人宛てとは比べものにならないくらい長文だったのは確かだ。


(わたしも、今年もよろしくねって書いた。あと、中学最後だから楽しもうね、とか)


 すとんとイスに座る。自然と大きく息を吐いていた。わたしたちはあと三ヶ月で最高学年になって、高校受験を考えるようになる。そうだ、こないだの模試も返ってくるんだ。勉強頑張らないと。頑張って、勝己くんと同じ高校に行きたい。

 でも勝己くんが今年もよろしくって書いてくれる間は、何にも心配いらないんじゃないかなとも思う。





 例の模試は始業式の日に返却された。結果は思ったほど悪くなくて、順位も半分よりは上だった。でも苦手分野が顕著で、こういうのをなくしていかないといけないんだよなあ、と席で人知れず肩を落とした。
 短縮日課なので給食はない。帰りの号令のあとすぐに勝己くんに駆け寄り、一緒に教室を出る。いつもいる男友達の姿はなく、そのことを口にすると勝己くんの眉間にしわが寄ったので、あ、と噤んだ。……タバコまだやめてなかったんだ…。とにかく、その話には触れないことにして、別の話題を探す。すぐにカバンの中にあるだろう紙に思い至った。


「勝己くん、模試どうだった?」


 くるっと首だけ振り向いた勝己くんは、今度は得意げに歯を見せて笑った。予想通り満足のいく結果だったんだろう。「あんなんチョロいわ」そう言う勝己くんにわたしも嬉しくなってにっこり笑う。ほんとに、わたしは勝己くんが誇らしいよ。


「じゃあ第一志望もA判定?」
「当たり前ェだろ」
「すごーい!」


 ここら辺からわたしの心臓はどきどきと脈を打ち出す。聞きたかったことを聞くタイミングを見計っているのだ。機嫌の良さそうな勝己くんの横顔。ああ、今がそうかも。


「ねえ、勝己くんの第一志望ってどこ?」
「雄英」


「えっ?!」あっさり教えてもらえたことより、内容にぎょっとする。


「ゆ、雄英…?!」
「なに驚いてんだよ。俺が雄英行かねえで誰が行くんだっつの!」


 仰々しく腕を曲げ、手のひらを仰向けにする。そこから発生する爆発に一度目を取られてから、勝己くんの顔へと戻す。……確かに、それもそうだ。勝己くんなら行けちゃうよ。


「……雄英のヒーロー科、かあ」


 最難関の国立高校だ。雲の上の存在だと思っていた高校が、勝己くんという存在を介した途端身近に思えた。考えたこともなかったけど、雄英の制服ってどんなのだろう。可愛かったらいいなあ。今セーラー服だから、ブレザーがいいな。男子はどうなんだろう。勝己くん学ランすごくかっこいいと思うけど、ブレザーも見てみたいな。勝己くんと電車通学楽しみだなあ。まだ受かってもないのにいろんな想像をしてしまう。早い内に第一志望を聞いておいてよかった。これからたくさん勉強しよう。グッと拳を作ると、偶然勝己くんも同じ動作をしたらしかった。


「ただヒーローになるんじゃねえ。俺はオールマイトをも超えるトップヒーローになんだ」
「うん、ずっと応援する!」


 誓うために作った拳が、激励のために変わる。フンと笑う勝己くん。やる気に満ち溢れている。君ならトップヒーローになれるよ、わたしずっと信じてる。それをそばで見ていたいから、高校も同じところに行きたいのだ。「わたしも、」「そのためには!」決意の声は勝己くんによって遮られてしまったけれど。


「まずこの平凡な中学から、史上初!唯一の雄英進学者になる!」


 え?
 途端に、喉を掴まれたような感覚。脳がぐわんと揺れる。


「箔を付けるためにな。逸話っつーヤツよ。模試じゃ俺しか雄英圏内いなかったらしいし、まあ余裕だな」
「……」


 勝己くんは、雄英高校に一人で進学する。一人ってことは、わたしはいられないということだ。
 心臓が浮いている。足も地に着いていないようだ。まっすぐ歩けているか自信がない。気持ち悪い。立ち止まって、しゃがみ込んでしまいたかった。でも、そうしたら、前を歩く勝己くんに置いてかれてしまう。大股で進んでいく勝己くんの後ろ姿。気のせいかな、もう遠くに感じる。

 だって勝己くんの将来設計にわたしの存在は勘案されていないのだ。 勝己くんはわたしのことなんて気にも留めず、高い志を持ってまっすぐ前を見ている。振り返ったりなんかしない。後ろについていくわたしが、まさか、邪魔なんてできなかった。


(あれ…?)


 はたと気がついて、ついに立ち止まる。

 わたしが変わっても勝己くんと一緒にいられないなら、頑張る意味なくないか?


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