ヘロヘロになって机に倒れこむ。冷たい木の盤上に頬をくっつけると、さっきまでフル回転だった脳が少しマシになった気がした。このままぺしゃんこに潰れてしまいたい。さすがに一日ずっとテストっていうのは疲れたよ。はああと溜め息をついても周りの騒めきに混ざるので目立たない。頭の中はまだリフレッシュが済んでなく、数字やらアルファベットやらが飛び交っているようだ。……午後にやった数学、全然時間足りなかったな。英語は長文が意味不明だった。
 解答冊子の束が前から送られてきたので、のったりと起き上がり上から一冊取って後ろに回す。一ページ目に掲載されていたのが国語だったから、ちょっと気分が晴れた。まともにできたのは国語だけだったもの。でも漢字とか簡単だったし、みんなできてそうだから大して順位はよくないだろうなあ。すでに諦念に見舞われるわたしはロクに目も通さず、ややヤケっぱちとも取れるような雑さでスクールバッグに押し込むのだった。
 ふと、後ろを振り向く。二年生になって何度目かの席替えの末、十月の今では勝己くんはわたしの斜め後ろに位置していた。と言ってもすぐ近くではなく、将棋でいうと桂馬の移動先のような位置関係だ。なので振り向くと勝己くんより前に座っている人と先に目が合ってしまって気まずいのだけれど、懲りずに振り向いてしまうのは、わたしという人間がもはやそういう風にプログラムされているからなんだと思う。
 勝己くんは回ってきた解答冊子をパラパラとめくったあと、フンと鼻を鳴らしてそれをスクールバッグに放り込んだ。その様子を見て、思い立ったように席を立つ。特に深い意味はなく、単に勝己くんと話したかったのだ。帰りのホームルームが始まるまでの少しの間でも。


「勝己くん、数学と英語どうだった?」
「楽勝」
「さすがー!」


 即答した勝己くんを褒め称える。やっぱり頭いいなあ勝己くん!お昼に国語と社会と理科の出来を聞いたときも同じ答えだったし、今年も勝己くんが学内一位を取るんじゃなかろうか!誇らしくてにこにこしてしまう。「おまえは?」切り返された質問には即固まったけれど。


「や、やばかった、と思う……」
「高校の判定出んだぞ。大丈夫かよ」
「絶対ぜんぶD判定だよ〜…!」
「どこ書いたん?」


 素直に三つの仮志望校を答えると、勝己くんは途端に呆れたように首を傾ける。「中の中ばっかじゃねえか。せめて偏差値バラけさせろよ」言われて素直に、確かに、と思った。どうしても行きたい高校なんてないから、知ってる名前ばかりを選んだのだ。偏差値が並だからみんな滑り止めなり何なりで選ぶ。だから校名を知ってる。それだけだった。それだけなんだから、勝己くんの言う通り偏差値のバラけた高校を選んでおいて、自分がどの位置にいるのかを測ったほうが建設的だっただろう。もったいないことをしてしまった。
 今日やった校内模試は成績の順位や単元ごとの正答率に加えて、一人一人の志望校の判定が出る。まだ中学二年生の秋だけれど早い人は志望校を考え始めているから、これが一つの指針になるんだろう。残念なことに、わたしにはもうどうしようもなかったのだけれど。
 返却は年明けらしい。忘れた頃に返ってくる感じかな。勝己くんの机に置かれたスクールバッグに目を落としてぼんやり考える。黙り込んだわたしを勝己くんが訝しげに見上げる、そのタイミングで、ガラッと前のドアから先生が入ってきた。わ、もう来た。慌てて踵を返し席に戻ろうとする。


「あっ」


 勝己くんの隣の机から教科書がずり落ちた。視界の隅で捉え、すぐさましゃがもうとする。わたしの個性が発動してしまったと思ったのだ。「ごめんなさい、」言いながら膝を曲げ、腰を下ろそうとしたところで、床の教科書がふわりと宙に浮いた。

 それを両手でキャッチする。「……」そうか!ハッと気付いて立ち上がり、持ち主へ返す。メガネをかけたおさげの女の子だ。


「ごめんなさい、……あ、ありがとう!」


 謝罪とお礼を言いながら両手で差し出す。教科書が浮いたのは彼女の個性だ。左手で親指と小指以外を折り曲げた形を作ると、ちょっとしたものを宙に浮かせられるんだって、最近教えてもらった。まさしくわたしの上位互換といえる個性で、聞いたときは複雑な気持ちになったものだ。
 彼女は無言で、五本の指を伸ばした左手をスッと上げてから、教科書を受け取った。相変わらずクールな人だなあ…。呆気にとられていると後ろからの視線に気付いて、くるっと振り返る。頬杖をついた勝己くんが見ていたのだ。


「わたし、ちょっと友達できたんだよ!」


 拳を作ってアピールしてみる。すごいでしょと言わんばかりに、友達もちゃんといるしっかりした子みたいに、


「へー」


 しかし勝己くんの反応はとっても白けたものだった。……し、心底どうでもよさそうだ…。「うん…」わたしも曖昧に頷いて、先生の早く席につけーとの声にそそくさと戻るしかなかった。


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