試合後、観戦席へ戻ってきた勝己くんへ声を掛けようとしたけれど、どこか虫の居所が悪そうだったのでよした。背筋を伸ばして彼が奥の席に座るまで目で追い、見えなくなってから小さく丸まる。あの試合は勝己くんの満足するものじゃなかったのかもしれない。一貫して警戒を緩めることなく麗日さんと対峙した勝己くんは誰から見ても立派な選手だったのに、彼は納得してないのかも。勝己くんはいつも堂々としていて芯の強い人だから、周りが何と言っても丸め込まれることはない。わたしが心からの賞賛をしたところで勝己くんが納得してなければ少しも響かないのだ。それでもわたしが伝えたいから、体育祭が終わったら言うつもりだった。
今までのわたしだったら試合が終わったあと彼の元へ駆け出していた。勝己くんは次の試合もあるのに、集中が切れてしまうとか彼の都合を一切考えず、勝己くんおめでとうと言いに行っていた。自分勝手な行動を勝己くんがどう思ってたかわからない。けれど、勝己くんだけじゃない、わたしが自分本位な行動をするせいで、友達がいらない気を揉むのだ。それは嫌だから、さっきは心操くんの言うことを聞いた。結果、おとなしくしてて正解だったと思う。


「緑谷だ。勝つかな」
「あいつの個性よくわかんないからな…」


引き分けた試合の再戦が終わり、二回戦が始まる。出久くんと、第一試合で巨大な氷を出していた男の子の試合だ。心操くんに勝った出久くんを応援したいところだけど、彼の個性が発動したところをちゃんと見たことがないので不安だ。さっきみたいに一瞬で終わってしまうんじゃないか。

ふと、振り返る。後ろの階段から麗日さんが戻ってきていた。眼鏡の男の子と話しながらイスに座る。それを目で追って、気付かれないうちに正面に向き直す。……だめだ、ずっとだ。

すごいと思った。麗日さん、勝己くんの正面に立って、勝己くんに見据えられ、警戒され、油断なく、勝負をしていた。それはわたしには到底辿り着けない境地だった。勝己くんにあんな風に見つめられたこと、わたしは一度もない。麗日さんは勝己くんに勝つために策を凝らしたんだろう。あんなにたくさんの瓦礫を浮かせていたなんて想像もつかなかった。それらが一気に落下してきたときは生きた心地がしなかった。勝己くんは難なく撃破してみせたものの、闘志に火がついたのは見ていてわかった。わたしは、彼にそんな影響を与えることができない。

勝己くんと勝負したいわけでも勝ちたいわけでもないのにこんなことを思うのはお門違いなのかもしれない。でも、彼の正面に立つ麗日さんが、ただひたすらうらやましくて仕方なかった。





「緑谷くん、場外!轟くん…三回戦進出!」


ボロボロの出久くんを目の当たりにして顔が青くなるのを感じる。場外に吹っ飛ばされた彼が、壁を背にずるずると崩れ落ちた。


「出久くん…」
「大丈夫なの?あれ…」


隣の女の子も心配そうにうかがう。担架で運ばれて行った出久くんの身を案じながら、会場修補のため一時中断のアナウンスを聞いていた。
出久くん、増強型って聞いてたけど、まさかあんな反動が来る個性だったなんて。轟くんという人の氷結を打ち消す衝撃波を手から出してると思ってよく見たら、指が血まみれになっていた。さらに衝撃波を打つたび身体に跳ね返ってるんだと気付いたときには彼の左腕は変色して動かなくなっていた。無個性だった頃の出久くんからは想像もできない、強力なパワーと満身創痍の姿に声も出なかった。
勝己くんは四月の初めにあれを見たのだろうか。無個性の石っころだと思っていた出久くんの個性の発現を、彼はどう思ったのだろう。





会場が修復され、試合が再開される。勝己くんは順調に勝ち進み、遂に決勝戦を迎えた。相手は出久くんに勝った轟くんだ。
開始直後から轟くんの氷結を防ぎ、かわし、積極的に攻撃を仕掛けていく勝己くん。轟くんの氷結は強い個性だけれど、素人目でも勝己くんが優勢に見えた。轟くん、出久くんと戦ったときは炎も出してたけれど、使用に制限があるのかこの試合では一度も使っていなかった。


「てめェ虚仮にすんのも大概にしろよ!」


勝己くんが声を荒げる。轟くんが本気を出していないことに対する憤りだった。「デクより上に行かねえと意味ねえんだよ!!」勝己くんが欲しいのは一位だ。ただの一位じゃなく、全員に勝った上での一位のためには、本気を出した轟くんに勝たなきゃいけないのだ。


「何でここに立っとんだクソが!!」


勝己くんの怒りを目に耳に焼き付け、こんなときにも彼への尊敬を強める。勝己くんは夢への妥協なんてしない。強い意志が勝己くんを勝己くんたらしめる。遠い遠い、崇高な存在。あなたほど素敵な人はこの世に存在しない。
心臓が震える。気を抜いたらほろほろと溶けてしまいそうで、死ぬまいと組んでいた両手をぎゅうと握り込む。

勝己くん、あなたに相応しい言葉は何だろう。あなたに相応しい人間になりたい。


勝己くんによる爆破の末、轟くんが場外へ吹き飛ばされた。勝己くんの、優勝が決まった。


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