本人たちは観客の贔屓など望んでないだろうが、性別の違いや一見した実力差から会場の空気は当初から麗日寄りだった。爆豪の高い身体能力と個性、反射神経に隙はなく、麗日は近づくことすら叶っていなかった。彼女の個性は詳しくは知らないが、騎馬戦や実況を聞く限りでは物を浮かせる能力らしい。となれば、爆豪自体を浮かせようと考えるのは必至。何度も突っ込んでいくのを見るに、発動の条件は対象物への接触か。 個人的に思うところはあれどどちらかを応援したいなどはなく、単純に個性の組み合わせの残酷さをしみじみと感じていた。攻撃特化の個性に対して防御も回避もできない個性は分が悪い。 自分だったらどうしていたか。考えるもののロクな戦法は出てこない。挑発に乗せやすいタイプには見えるが、ネタが割れていたらさすがにどうか。緑谷にも二度はかけられなかった。あのときは、一対一で洗脳が解かれると思っていなかったから動揺してしまった。どんな手を使ってでも口を開かせるしかない、その焦りもあり解かれてからは同じことしかできなかった。 悔しかった。全然まだまだだ。でも。 「勝己くん…」 隣で零れた呟きに我に返る。……。 贔屓なんかじゃ足りないほど片方へ肩入れするそいつは、胸の前で両手を組み祈るように観戦していた。おそらくこの会場の誰よりもあいつを応援しているのだろう、視線の先を辿り、突進してくる相手へ爆破を続ける爆豪を見下ろす。地面を抉るほどの容赦ない爆破はヒーローらしかぬ有様だ。あまりに一方的でブーイングの声が聞こえてきてもおかしくない。にもかかわらず試合を終わらせようとしないあいつを、はどう思って見ているのか。 「すごい」 「!」思わず心臓が跳ねた。咄嗟に横目で見遣るも、彼女の視線がぶれることはなかった。同じくの発言に驚いたらしい反対側の友人も横を向き、それから俺と目が合う。当のは俺たちに聞かれてることに気付いていない様子で、いや、そもそもまるで、周りなんて存在していないかのように、試合だけに集中していた。 「……」 すごいって。すごいのは、まあ、わかるけど。これを見せられたら明らかだし。だからといって、はあいつの圧倒的な強さに惚れたんだとは納得し難かった。単純に力が強い奴をすきになる人間には見えないし、むしろ力で屈服させるような男は苦手そうに見えるほどなのに、なぜこうも一途なのか。 爆豪が自分の全部で一番だ、と言うときのはわずかの迷いもなく、控えめな態度であれ根底には確固たる自信が見て取れた。こちらが疑問を呈したところで一ミリも聞き入れなさそうなほどのそれを、俺がどうにかできるものじゃない。というのはよくわかっているつもりだった。 「うわ、ブーイング」 「いやでも実際…」 後ろのクラスメイトから聞こえる声。本当に起きた観客のブーイングにもは構うことはなかった。実況席からの声でそれはすぐに止み、間もなく麗日の秘策とも取れる上空からの一斉攻撃が降り注いだ、と思いきやそれを一発で迎撃した爆豪。麗日は爆豪に気付かれないよう抉られたフィールドの瓦礫を大量に浮かし続け、一度に落下させたのだった。相性が悪いからといって諦めたり闇雲にぶつかったりせず策を練ろうと頭を使う。爆豪も手を抜いたり油断することなく相手を警戒していた。俺たちはきっと今、いい試合を見ている。 直後、麗日が倒れた。行動不能。爆豪の二回戦進出が決まった瞬間だった。麗日は担架で運ばれ、爆豪が入場口へ戻ってくる。 唐突にが立ち上がった。あいつのところに駆けつけるのだろう。わかっていても心臓と手首あたりに鈍い痛みが走った。「……か、」 「勝己くんのところ、行ってもいいかな…」 すぐに反応できなかった。驚いたのだ。が伺いを立ててくるなんて思いもしなかった。 「……なんで」 「あ、おめでとうとか言えたらな、と思って…」 思わず零れた疑問の意味を取り違えたままが答える。自分でも躊躇いがあるのか目線を泳がせながら言う彼女から、目を逸らす。 「…今はやめといた方がいいんじゃない」 口に出した途端後悔に襲われる。また余計なことを。言うだけ無駄だ。どうせは爆豪のところへ行く。A組が敵の襲撃を受けたとき、俺の手を振り払ったみたいに。 「そ、そうだよね」 そう言って、視界の隅でがゆっくりと座り直した。……引き止められた。内心の驚きは声に出なかったものの、顔には思いっきり出ていただろう。幸いにも誰にもバレることはなく、俺は一人俯いて誤魔化すことに成功した。自分の心臓の音が聞こえてきそうだ。「すごかったねーカツキクン」「うん…!」も引き止められて気分を害した様子はなく、隣の友人と話をしている。 が俺の制止を聞くとは思っていなかった。いや、こんな衝撃はさっきもあった。俺がここに戻ってきてすぐのことだ。 緑谷との試合後、見上げた彼女の目が潤んでいるように見えた。自分も堪えるのに余裕がなかったから見間違いかもしれなかったが、なんとなく聞いてみた。間違いでもいい、間違ってたからといっては傷つかないだろう。本当に泣いていたとしたら理由が気になった。そう思っていたら、まさか、あんな答えが返ってくるとは。 が俺のことで心を動かすとは思っていなかった。 「……」 心臓の音が大きくなる。思い出すとまた顔に熱が集まった。 は爆豪にしか心を向けていないと思っていた。俺のことなんか気にも留めないから、どうしたって無駄なことだと。わかってるのにこいつを気にしてしまうのは不毛だと。無駄なことをしていると、思っていた。 でも、もしかしたら無駄じゃないのか。 無駄じゃない。ヒーローになる夢、緑谷と戦ったのは無駄じゃない。頑張っていい。また戦えるよう強くなりたい。ヒーローになりたい。俺にも出来ることがある。今回は負けたけど、この体育祭は得るものがあった。 (……これも同じか) 何かを得て喜ぶ自分を認めてしまえば気が楽になった。 |