心操くんがC組の観戦席に戻ってくるとクラスメイトは改めて労いや賞賛の言葉をかけた。それに軽く返し、空いていたわたしの隣の席に座る。わたしを挟んだ反対側の女の子にリカバリーガールのところに行かなかったのかと聞かれると、ただ投げられただけだからと答えた。落ち込んでる様子はない。さっき泣いてるように見えたのは気のせいだったんだろう。


「心操くん、おつかれ、ほんとに…おしかったね」
「どうだかな。洗脳解かれたし…そもそも最初から対策取られてたら手も足も出なかったんだろうな。あいつが挑発乗ってくれるタイプでまだよかった」


太ももの上に置いた手元を見下ろしながら話す彼。なんだろう、落ち込んでるわけじゃないのに、どこか気まずそうに見える。まるでバツが悪そうだ。こういうとき気の利いた言葉を言えたらいいのに何も思い浮かばない。わたしが内心焦っていると、隣の女の子がひょこっと顔をのぞかせた。


「そうだ。、個性聞いたとき絶対勝てるって言ってたよ。よかったな心操ー」
「……」


心操くんが横目で彼女を見る。それから、わたしを見た。目をやや見開いて、驚いてるのがわかる。


「あ、そう…」


頭の後ろを掻きながら斜め下へ目を逸らす。…そうだ、心操くん、わたしが引くんじゃないかって気にしてたって言ってた。まるで少しも引いてないよと伝えるために、大げさにうんと頷く。


「…期待に応えられなくて悪い。負けた」
「えっ、ううん、そんな、心操くん強かったよ!」


今度はプレッシャーになってしまったかもしれない。そんなつもりじゃないと手を振ると、心操くんはハッと吐き出すように笑った。それが見慣れた彼だったものだから、わたしは反射的にほっとした。気遣いじゃないよ。心操くんは本当に強い。個性だけじゃなくて心も強いんだ。人を操れる個性は確かに強力だけど、想像する限りでは使いどころが難しそうに思う。それをうまく使いこなし、騎馬戦では知り合いがいないにもかかわらず立ち回りが重要な騎手として勝ちへ上り詰めた。もしかするとあのときも個性を使っていたのかもしれない。間違いなく彼は、油断なく、自分の力で勝ち進んでいた。すごいことだ。一方わたしは、どうだろう。


「…ていうか、、さっき泣いてた?」
「えっ」


潜めた声で問われ瞠目する。まさかバレてたなんて。「あ、あの…」しどろもどろになるわたしを目だけで見遣る心操くん。泣いてたのとバレてたのが恥ずかしくて顔が赤くなる。逃げるように前を向き、肩をすくめて俯く。


「な、なんか…感動してしまって…」
「感動?」
「心操くんの、ヒーローになる夢が……あの…」


上手く言い表せられず言葉が出てこない。恥ずかしさも相まって頬が熱い。そんなわたしを見て心操くんは、少し間を置いてから、「あ、そう」と呟いた。


「ごめんね、勝手に感極まって…」
「いや、べつに…なんかこっちも恥ずかしくなる」


俯いた姿勢のまま見上げると、心操くんも正面を向いて口を手で隠していた。頬が赤くなっているように見えるけど、人のことも言えないので指摘はしなかった。





第二試合からは移り変わりの早い展開になった。第四試合でサポート科の女の子が延々とアイテムの紹介をするという変わった試合だったのが珍しいほどで、それ以外は比較的すぐに決着がついていた。
第七試合では見覚えののある二人が硬化の個性のぶつかり合いを見せていた。次が勝己くんの出番だ。未だにレイカという人が誰なのかわからない。でも、勝己くんが活躍するところが見られれば何でもよかった。怪我をするかもしれないけど、まさか体育祭で命の危険には及ぶまい。わたしは勝己くんの出る試合は全部楽しみだった。

勝己くんと心操くんは一心にヒーローを目指してる。わたしの周りにはすごい人がたくさんいるんだ。わたしだって、勝己くんのすきな子になるって夢や、しっかりした子になりたいって目標はある。でも、勝己くんが見てさえくれれば満足だったから、それだけだ。具体的に何になりたいのかと聞かれたら何も答えられないと思う。

「なんでそんなしっかりした奴にこだわってんだ?」ううんわたし、今決まってることすら答えられないんだ。


『一回戦最後の組だな…』


真下の入場口から勝己くんが出てくる。身を乗り出すように彼の後ろ姿を目で追う。
勝己くんだって油断なく相手を見据えている。試合に勝つため、その先に続くヒーローになるため。

わたしは、勝己くんの役に立つものになりたい。


47 / top / >>