彼目掛けて駆け出すと心操くんも人混みから離れて走り寄ってくれた。


「どうした?」


突然呼び出されてきっと訳がわからないだろう、困惑気味の心操くんに気遣う余裕もなく、わたしは逸る気持ちのままお題のボードを見せた。すると彼は合点がいったようで、わかったと言うなりわたしの肩を軽く押し駆け出した。追いかけるようにコースへ戻り、カーブを走り抜けると五十メートルくらい先にゴールが見えた。心操くんはわたしに合わせながら少し先を走っている。心操くんとは昨日も一緒に走った。でもこんな全力疾走は初めてだ。
ゴールを目前に彼はスピードを落とし、並んでゴールテープを切った。順位は二位だった。一位の人がボードを運営のロボットに返しているのに倣って渡す。一位の人はスニーカーだったらしい。ちょうど自分が履いてたから、誰からも借りなかったのだろう。
隣でわたしと同じように肩で息をする心操くんに振り返る。目が合うと逸らされた。それに胸を痛ませながら、でも、と勇気を振り絞って声に出す。


「心操くんありがとう…!心操くんがいてくれて本当に助かった…!」
「大げさだろ。……手ぶらだし絶対出番ないと思ってた」


口を覆い斜め下を見る心操くんにふるふると首を横に振る。心操くんがいたからわたしはゴールできたのだ。わたしにとってこのお題は探せば見つかるものではなく、最初から当てはほんの数人しか存在していなかった。彼がいなかったら間違いなくリタイアだった。「一緒に走ってくれてありがとう」もう一度お礼を言うと、心操くんは口を覆っていた手をそのまま首裏に回した。


「このくらい…」
「え?」
「…悪い、さっき困らせたから。罪滅ぼしになるなら安いくらいだよ」


どきっと心臓が跳ねる。さっき。お昼に問いかけられたこと。「なんであんなこと聞いたかな…」どくどくと気味悪く脈打つ。早く謝ろうと思ってたら、心操くんに謝らせてしまった。心操くん悪いこと何も言ってないのに。わたしが答えづらいからって避けてただけなのに。ガバッと、急き立てられるように顔を上げる。


「わ、わたしの方がごめん……わたし、勝己くんが何でも一番だから、心操くんと決勝で当たっても、勝己くん応援する…」
「…だろうな」


心なしか悲しそうな声音にビクッと肩を震わせる。やっぱり本人に向かって言うべきことじゃない。友達に言われたら少なからず悲しいに決まってる。心操くんはわたしの助けに応じてくれたのに、こんな恩を仇で返すようなこと。俯いたまま、拳を作る。
それにわたしにとってだって、心操くんはどうでもいい人じゃないのに。


「でも、それ以外は心操くん応援するよ!」
「、」
「初戦の相手の出久くん、増強型の個性らしいから気を付けてね!」
「………いずくくん?」


あれっ?心操くんがわたしを見る。間違ったことを言ってしまっただろうか。


「みどりやいずくくん…あれ…?」
「……知り合い?」
「あっ、うん、幼なじみだよ」
「なるほど」


心操くんは台詞通り納得したようで、「増強型な、ありがとう」と肩の力を抜いた。わたしもようやく緊張がほぐれ、うん、と頷く。


「というか、俺の個性まだ知らないだろ」
「え、うん…」
「多分本戦でわかるよ。うまくいけばだけど」


そう言った心操くんは、しかしあまりわかってほしくなさそうだった。心操くんの個性ってどんなのなんだろう。今さら気になったものの、そうなんだと答えるだけにして、問うことはしなかった。


〜…って、心操もいた」


呼ばれた声に振り返ると、ようやくゴールした女の子がこちらに駆け寄ってきていた。とっくにわたしたちの後ろの組もゴールしてる頃だったのだけれど、もしかして今まで借り物を探していたのだろうか。聞くと彼女の借り物は「四つ葉のクローバー」だったらしく、スタジアムの外へ探しに行っていたんだそうだ。それでも結局見つけられず、今戻ってきたのだとか。聞いたわたしと心操くんの顔が同時に歪む。絶対見つけられっこない、そんな難易度高いの。自分が引いてたらリタイアしてたに違いない。


は何だったの?」
「『友達』だったよ」
「えっいいじゃん。それで心操か」
「まあ」
「何位?一位いけた?」
「二位だったよ。一位の人は『スニーカー』だったみたい」
「自分で履いてたな」
「何それ最強じゃん。いいなー」


話しながら、生徒が集まる待機場所へ戻る。わたしもゴールしたかったと悔しそうに口を尖らせる彼女。最後まで諦めない姿勢はとても尊敬する。
…というか、スタジアムの外に探しに行ってよかったんだ。なぜかここの中で借りないといけないんだと思い込んでた。だとしたら勝己くんを探しに行ってもよかったのか。わたしの「友達」といえば、真っ先に勝己くんが思い浮かぶのだ。





ふと顔を上げる。前を歩いていた心操くんが振り返っていた。今はもうC組がなんとなく集まっている場所まで戻ってきていて、女の子は別の子たちの輪に入っていた。


「罪滅ぼしって言ったけど、罪悪感なくても応えたよ。あれくらい」


借り物のことだ。まさかそんな優しいことを言ってもらえるとは思ってなくて、びっくりしたわたしはとっさに、ほんと?と聞き返してしまった。「うん」ためらうことなく肯定する心操くん。ほんとなんだ、それにわざわざ伝えてくれるなんて、なんて優しい人なんだろう。ほわっと胸が温かくなるのを感じる。

胸の前で両手を握りこむ。わたしも、心操くんの頼みに応じられるようになりたいな。だって心操くんは、わたしの大事な友達なんだから。


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