勝己くんは出久くんを狙うのをやめ、ハチマキを奪った騎馬へすぐさま照準を合わせたようだ。ポイントの移動からして二位の物間って人のチームだろう。彼の個性はわからないけれど勝己くんのとよく似ているらしく手から爆炎の煙が上がっているのが見えた。


「残り一分だって。カツキクンもやばくない?」
「……」


勝己くんは未だ0ポイントだ。二位の物間くんチームからハチマキを取ろうと攻めているけれどあと一歩届いていなかった。相手はキープに専念することにしたのか逃げの姿勢を見せ勝己くんから距離を取るように走り去っていく。
と、一際大きな歓声が上がった。何かと顔を上げると、どうやら一位が入れ替わったらしかった。轟という人のチームが一位に、出久くんのチームが0ポイントの六位になった。それだけを目にし、すぐに勝己くんへ視線を戻す。
さっき出久くん目掛けてやったみたいに騎馬から跳び物間くんに攻撃を仕掛けるも、見えない何かに阻まれ物間くんへは届かない。けれどそれを突き破った勝己くんがついに物間くんのハチマキを掴み取った。


「やった!」


パッとモニターを見上げる。勝己くんのチームが三位に上がっていた。一気に通過圏内!思わず両手で拳を作る。
もう安心だとホッとしたのも束の間、なんと勝己くんは物間くんへ追撃を仕掛けたのだった。騎馬の人たちの個性で勢いをつけた勝己くんは物間くんへ急接近し、彼の爆破を避け最後のハチマキを奪取したのだった。


「勝己くん…!」
「うわ全部取った」


胸の前で手を組む。勝己くんの勇姿に会場も湧き、実況のプレゼントマイクも彼が完璧主義だと熱く評した。そう、勝己くんの勇姿が見たかった!相手を見据える好戦的な眼差しや必ず勝つという自信、周りを確信させる強さ。きっとかっこいいなんて言葉じゃ言い表せないんだろう。
勝己くんの勝負への姿勢はわたしの頭じゃ到底及ばないほど崇高だ。それがどんなに眩しくて価値あるものなのか十四年一緒にいて重々承知してるつもりなのに、目の当たりにするたび惚けてしまう。まるで神様の夢を見ているみたい。

勝己くん、美しくある彼。わたしはどうしたらいいんだろう。

熱に浮かされたように、わたしは残りの数秒間、次のチームへと移動する勝己くんを目で追う、幸福な時間を過ごしていた。試合終了のカウントダウンをBGMに、ぼんやりと、勝己くんを見ていた。


「あ、心操」


カウント0とC組の歓声が重なる。タイムアップだ。出久くんを上から狙おうと跳んだ勝己くんが騎馬に戻ることなく地面に落ちた。1000万ポイントを取ることはできなかった。けれど、二位だ。勝ち抜けだ。


『三位!鉄て……あれ?!オイ!心操チーム!』


「えっ?」耳に入った名前に現実に引き戻される。よくよく周りを見ると、隣の子含めC組全体が大盛り上がりを見せていた。心操くんが勝ち抜け?とっさに競技場で彼を探すと、すでに騎馬から降りて距離を取っていた。首には確かに、二本のハチマキが巻かれている。序盤にハチマキを取られてから奪い返したのだろうか、モニターを見ても1125ポイントとかなりの高得点を獲得しているのがわかった。見覚えのある数字だったから、心操くんも誰かのチームからまるまる取ったのかもしれない。


「すごい…」


思わず漏れた感嘆は、やっぱり誰にも聞こえることはなかった。




『一時間ほど昼休憩挟んでから午後の部だぜ!』


観客がぞろぞろとスタンド席をあとにする。わたしたちもお昼は食堂へ行くつもりだ。スタジアムの外には出店が多く立ち並ぶけれど、体育祭関係者は食堂の利用が認められているのだ。


はカツキクンと?」
「うん!」
「じゃーまた後でなー」


観戦席から外に出る階段で女の子と手を振って別れた。早く勝己くんに会いたくて堪らない。勝己くんに心からの賞賛を伝えたい。あの場にいた全員が、いいやテレビ越しの視聴者すべてが、勝己くんに注目したよ。勝己くんの戦意に湧き立ったよ。
勝己くん、あなたこそ一位に、ヒーローになるんだって、強く思うよ。

競技場にいた勝己くんがスタジアムの外に出るには一階の控え室がある通路を通るはず。そう考え向かうと、思った通りこちらへ歩いてくるジャージ姿の人が見えた。


「あっ、心操くん」
「…おお」


歩いてきてたのは心操くんだった。一人らしく、他に人影はない。それもそうか、A組とB組に知り合いがいるなんて聞いたことないもの。騎馬戦を戦い抜いたからといってすぐに友情が生まれるわけじゃないことくらい、わたしにだって簡単にわかる。それに彼らはみんな、次の競技では敵になるのだ。簡単に馴れ合うわけにはいかないんだろう。
進行方向だったのもあって駆け寄ると、心操くんは目を逸らして手を首裏にやった。


「心操くん、三位おめでとう」
「どうも」
「すごいね、ほんと…」
「ああ…」


なぜか煮え切らない返事の心操くんに、不思議に思い首をかしげてしまう。…心操くん?うかがうと、彼はわたしを一瞥して、再度目を伏せた。


、俺の方あんま見てなかっただろ」


どきっとする。悪い意味でだ。背筋が冷えたと言うのだろう。悪事を指摘されたようなバツの悪さを覚えとっさに俯く。…あんまり、見てなかった。なんでわかったんだろう…。まずいと思いつつ、誤魔化しや言い訳の選択肢はなく、わたしはただ正直に、頷くことしかできなかった。


「う、うん…」
「…は。素直」


俯いたまま心操くんを盗み見ると、存外に彼は憤った様子はなく、目を伏せたまま呆れたように半笑いを浮かべていた。


「ご、ごめんね…」


謝っておいてなんだけど、ごめんなのかな。心操くんはわたしに見ててほしいと思ってたのかな。そんな自意識過剰な考えが浮かんでびっくりする。違う、わたしにじゃない。ヒーロー科への編入を目指してる心操くんは、きっと多くの人の目に留まりたかったに違いない。だから、「多くの人」の中の一人って意味だ。

一瞬フラッシュバックした光景は、高校入学二日目、勝己くんと電車を待った駅のホーム。「俺が一番になっとこ、見てろ」ああ、勝己くんにあんなことを言われたわたしは、なんて幸せ者なんだろう。
早く勝己くんに会いたい。ハッと顔を上げる。と、目の前の心操くんもこちらを見ていた。


「べつに。昼飯は?」
「あ、か、勝己くん探そうと思って…!」
「ああ。…A組の控え室この奥だから、向こうにいるんじゃない」
「ありがとう!心操くん、次も頑張ってね…!」


心操くんが自分の後ろを指差したことにお礼と激励を伝えて横を通り抜けた。





呼び止められ、振り返る。


「本戦、俺と爆豪が当たったら、どっち応援する?」


思いもかけない問いに、わたしは息を飲んだ。


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