「じゃあはロボットのとこでリタイアか」


女の子は綺麗な長い髪を若干乱したまま、不服そうに腕を組んだ。
スタジアムの中央に再度集まったわたしたち一年生は現在、クラスごとにまとまって障害物競走の結果発表を待っていた。続々とゲートから戻ってくる彼らがゴールなのかリタイアなのかわからない。少なくともタイムアップの放送からしばらく経ってるから、スタジアムの裏側あたりから戻ってきてるのだろう。ついさっき戻ってきた彼女が二番目の障害物である綱渡りでリタイアだったって言ってたから、その辺りの人たちかな。障害物は全部で三つあったらしいから。
驚いたことに、あんなに頑張って抜け出した氷は障害物ではなく、一人の生徒による妨害だったんだそうだ。その次に目の当たりにしたロボットの大群が本当の第一関門だったと聞いたときのわたしの落胆は想像に難くないだろう。結局、縦横無尽に動き回るロボットから逃げ隠れするのに精一杯でコースを塞ぐ巨大なロボットに近づくことすらできなかったわたしは、障害物を一つもクリアできなかったことになる。


「てか心操すごいじゃん。ゴールしたんでしょ?」
「まあ」


悔しそうに口を尖らせていた女の子はパッと表情を変え、心操くんを称賛した。バシンと背中を叩かれよろける彼。五分くらい前に、わたしより先にスタジアムに戻ってきていた心操くんをひとしきり褒め称えたのを思い出す。


「何位くらい?通過できそう?」
「どうだか。前に結構いたし。何位が圏内なのかまだわかんねえから」
「まあねー」


本当に心操くんすごい。氷やロボット軍団をくぐり抜けたのもだけど、聞いた話じゃそのあとに綱渡りや地雷原も控えていたらしい。気の遠くなるようなハードなコースに、終わったあとで自分の場違い感を思い知らされた。障害物の域を超えてるよ。
女の子の後ろに焦点を合わせると、離れたところに勝己くんが見える。もちろんわたしより先に戻ってきていた彼は、しかし想像以上に悔しそうにしていて驚いた。障害物競走は終わったから話しかけても邪魔にならないはずと思いつつ、なんとなくよしておいたのはそのためだ。もしかして何かがあって順位が低いのかも、と心配になって心操くんに聞いたところ「俺より前にゴールしてたよ」と教えてもらったので安心しているのだけど。
でも勝己くん、すごく悔しそうだ。遠目に見てもそれは明らかで、声をかけたい衝動に駆られるも適切な言葉が思い浮かばずにいた。


「それじゃあ結果をご覧なさい!」


いつの間に全員戻ったのか、ミッドナイトの声で一斉にモニターに注目する。映し出された順位と名前に観客が湧くのが聞こえる。「予選通過は上位四十二名!残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい!まだ見せ場は用意されてるわ!」歓声の合間を縫うように耳に届く生徒の落胆の声。続いてミッドナイトの説明が始まるものの、わたしの耳からはするすると通り抜けていく。
なにせ今、信じられないものを目の当たりにしてるから。


「出久くんが一位…?」


声に出ていたことにも気付けなかった。目をまん丸に見開いて、おそるおそる手で口を覆う。信じられない、あの出久くんが。無個性で、わたしと一緒くたにされてた出久くんが、氷やロボットをくぐり抜けたというの。綱渡りや地雷原を通過できたというの。信じられない。正直彼がゴールできたこと自体が信じられないのに、ましてや、


「勝己くんより上…」


勝己くんは三位だった。この事実を目の当たりにしてもまだ、勝己くんより先を走る出久くんが想像できなかった。
先月、勝己くんは出久くんに負けたと言っていた。彼は増強型の個性持ちだったと。その事実には大層驚いたけれど、勝己くんが負けたのは個性の発現を知らなかったのが大きな理由だろうから仕方ないとも思っていた。だからこの、フェアなレースで、勝己くんの個性が存分に発揮できるレースで、彼が負けるなんて一ミリも考えてなかった。
思わず遠くの勝己くんを見遣る。やっぱり彼は眉間に皺を寄せて、不満げな表情をしていた。その原因がようやくわかった。
早く帰って録画見たい。一体出久くんはどんな個性を使ったんだろう。ああそれよりも、勝己くんはどんな風にこのレースを走り抜けたんだろう。


「おめでとう心操ー!」
「普通科唯一の突破じゃん!」
「次も頑張れよ!」


近くの激励にハッと我に返る。見ると、そばにいた心操くんにクラスメイトが集まっていた。とっさに改めてモニターに振り返り、四位から下を目で追っていく。二十七位に、心操くんの名前があった。


「しっ…!」


彼へ振り向き祝いの言葉を送ろうとするも、何人ものクラスメイトに囲まれた彼までは届きそうもなかった。あれ、そもそも何位までが予選通過なんだろう。心操くんの輪から抜けてきた女の子に尋ねると、四十二位までだと教えてもらった。どうやらあのモニターに映っている人たちは全員予選通過者らしい。ほとんど知らない人たちだ。ヒーロー科は毎日訓練のような実技の授業があるって勝己くんから聞いたから、やっぱりヒーロー科ばっかりなんだろうか。そんな人たちに混ざって上位に食い込むなんて、まぐれでできることじゃない。生徒数と比較しても心操くんの二十七位が本当にすごいことだとわかる。

第二種目である騎馬戦のルールを聞きながら、わたしは無意識に両手をお腹の前で組んでいた。
おめでとうとか頑張ってとか、心操くんに言いたいことはたくさんあったけれど、今は無理そうだからあとにしよう。心操くんは本気でヒーローを目指してるんだ。彼の強い思いが報われたらいい。


「結果出るといいな。何かしら」


心操くんがかけてくれた言葉を思い出す。……わたしは、出たよ。予選敗退でも、障害物を一つも通過できなくても満たされていたのは、確かな手応えを感じたからだ。
早く勝己くんに報告したい。あなたがすきになる、しっかりした子に近づけた気がするんだ。


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