そんなこんなで幼い頃から勝己くんの従順な子分として後ろにひっつき続けたわたしは、勝己くんという最強の傘の下、とても快適な人生を歩んでいた。なんでもできる勝己くんは良くも悪くも周りから一目置かれていたので、あえてちょっかいを出そうとする人はおらず、いわばモーゼのように道が割れていくような存在だった。そんな彼の庇護下に入ったわたしは、あらゆる困難から逃れのうのうと生きてきたのだ。イエスマン、ゆとり、金魚のフン。何と言われようと結構。幸せな毎日だ。これで、このままがいい。だってわたし変わらなかったら、大好きな勝己くんとずっと一緒にいられるんだもの。
そうやって過ごしてきた十四年目の春、わたしは人生で何度目かの危機に直面していた。 「わたし友達いない…!」 給食を前に頭を抱える。悲壮な叫びは騒ついた食堂では大して響かず、あえて耳に入れたのはわたしの周りに座っている三人だけだった。真っ青なわたしとは対照的に、長テーブルの向かいに座る勝己くんはシチューをすくったスプーンを片手に「今更かよ」と突っ込む。ごもっともだ。なにせもう、五月に入ってしばらく経ってるんだから。 「まさか班分けが自由なんて…」 わたしが今早急に友達を欲しているのは、五月末に控える校外学習が理由である。班は女二人と男四人、合計六人で構成される。うちのクラスは、班員を決める方法が完全に自由なのだ。知らされた昨日からクラスはちょっとした緊張状態で、給食を食べている今でもピリピリドキドキした空気を肌に感じるほどだ。流れは自然と、まず同性で組み、そのあとで別のグループと合体して班を完成させるというものになっていた。そしてその流れに乗り遅れた人間が一人。そう、わたしだ! 「まず二人組作れないわたしはどうしたら…!」 「あー」 両肘をテーブルについて項垂れる。隣の幼なじみの上の空な相槌。何を隠そう、わたしは二年になってからも、勝己くんが同じクラスなら心配いらない!とあぐらを掻いていたものだから、ここのコミュニティ以外に友達がいないのだ。よく考えたらまともにしゃべったクラスメイトは勝己くんたち以外にいないし、休み時間も登下校も勝己くんといるか一人だから、他の人の顔と名前が一致してない。そんなわたしが女の子に誘われるわけがなく、完全なるぼっちを決めているのだった。先生、どうせなら一年の校外学習みたいにくじ引きとかにしてくれたら、いいや完全ランダムでも知らない人と同じ班なのは気まずいし……どのみち友達いないわたしにはハードだよ、校外学習休みたい…! 「勝己、俺と組もーぜ」 「俺も入れて」 「俺が班長な」 「……!!」 一緒に食べていた男の子二人が誘い、それをあっさりと承諾する勝己くん。ものの三秒で三人グループができてしまった。あとは男の子一人を加えて女の子二人組と合体すれば終了だ。男の子同士の固い絆を目の当たりにし、羨望を覚えずにはいられない。い、いいなあ……。うらやましそうに眺めてたら、早く食えよと勝己くんに急かされてしまった。 給食を食べ終え食堂をあとにする。用があると言ってそそくさとどこかに行ってしまった幼なじみ二人の行方をうっすら気にしながらも、やっぱりわたしは自分の問題が由々しいのでそちらにばかり気が行ってしまう。勝己くんと教室に戻る廊下を歩いていても、両手を頭にやってあーだとかうーだとか呻かずにはいられないほどだ。勝己くんも呆れてるよ。 「てきとうにそこらへんの奴に声かけてろよ」 「それができたらこんなことになってないよ〜…」 普段は気にならないけれど、常時グループ決め時間となっている今じゃ教室にいるだけで気が重い。自分が浮いた存在だということを暗に言われているみたいで、居た堪れないのだ。できることなら廊下の途中にあるトイレに引きこもりたいレベルだ。おかしいな、四月から一ヶ月、間違ったことなんて一つもしてないのに、責められている気分だ。勝己くんにひっついてばっかだからこうなるんだって、誰かになじられている気がする。お母さんにも早く勝己くん離れしなさいって言われてる気が、 「おい」 呼ばれ、勝己くんの声に顔を上げる。 「しょうがねえから、も俺の班にいれてやるよ」 「え、」 「だからいつまでも辛気臭え顔してんなっつの」 「え…!」 呆れ顔でふうと一つ息を吐く勝己くんに、わなわなと震え涙目になる。「かつきくん…!」まるで救いの言葉だ。彼はわたしをいつだって的確に救ってくれる。今だって、わたしを班に入れてくれるというのだ。そんな嬉しいことがあっていいのだろうか。ぶんぶんと大きく頷くと、勝己くんも満足げに笑う。心の重しはすっかり消えて、晴れやかな気分になるようだ。ある意味勝己くんはわたしの精神安定剤だろう。今ならスキップしながら廊下歩けるよ。ああやっぱり、勝己くん大好きだあ…! 「の一人立ちはまだまだ先だな」 前を向いて、いたずらっ子のように笑う勝己くん。わたしもえへへと肩をすくめる。本当だよ、わたし一人でなんて生きてけないよ。勝己くんがいないと死んじゃう。 もちろんそれはわたしだけの一方通行だ。勝己くんはヘロヘロのわたしなんて全く必要じゃないだろう。……。唐突に沸いた考えに、気付くと笑みは消えていた。ハッと後ろ姿の彼を見る。いや、でも、そんなことない、はず、だよね? 「……勝己くんは、やっぱり、しっかりしてる人のほうがいい?」 わたし変わらなかったら、大好きな勝己くんとずっと一緒にいられるよね? 「? しっかりしてるに越したことねえだろ」 このときわたしは、笑顔なんてものは浮かべられていなかっただろう。軽くなったはずの心臓が今や、しゃがみ込んでしまいたくなるほどの重量を持っていた。痛い、苦しい。 勝己くんがすきになる子は、しっかりした子なんだって。 わたしと対極の位置にいる人物像は果てしなく遠くて、教室に入っていく勝己くんの後ろ姿を視界に、目眩すら覚えた。 |