「俺が一位になる」


勝己くんの淡々とした選手宣誓で体育祭の幕が上がった。無意識に胸の前で両手を組んでいたわたしは感動のあまり思いっきり頷いたのだけれど、反対に他の一年生は彼へブーイングを始めたようだった。そんなの屁でもないというように彼らを煽り壇上から降りていく勝己くん。途中で見えなくなってしまったものの、彼の真剣な表情に確固たる決意を感じ取り、わたしはすでに泣いてしまいそうだった。


の幼なじみ感じ悪いな。心操から聞いてたけど」


同じく勝己くんを目で追っていたロングヘアの女の子が顔をしかめて腰に手を当てる。振り返り、肩をすくめる。


「そうかな…でも、優しくて頼りになる素敵な人だよ。……」


言って、カーッと頬が熱くなる。ああこんな、勝己くんについて思ってることを口に出せるなんて。彼女が正直者であることも関係してるのだろう。今までみたいに遠慮して話を合わせるだけの友達とは違う。付き合いのある幼なじみはみんな勝己くんのことをよく知ってる人たちばかりだったから、こんなことを改めて言う機会もなかったのだ。だから手離しで勝己くんのことを褒められるのがとても嬉しかった。


「へー。人は見かけによらないのな」
「いや、あの言動は十分ヤバイだろ」


センター分けの背の高い男の子が呆れたように言う。何か返そうとしたものの、ミッドナイトによる第一種目の説明が始まったので口を閉じた。
早速と言って発表されたそれは障害物競走だった。ミッドナイトの背後に現れた電子モニターと彼女の説明に耳を傾けたところ、一年生全員参加、コースはスタジアムの外一周とのことだった。基本的に何をしてもよく、個性の制限はないらしい。いきなりぐちゃぐちゃになりそうだ。
周りを見回し、やる気に満ちた同学年の生徒に身を縮める。想像もつかない個性の戦いにすでに萎縮していた。ギラギラした生徒がこんなにいるんだ、障害物がなくたって大混戦を極めるに違いない。そもそもどんな障害物なんだろう。マラソンだったらまだよかったのに。


「さあ位置についちゃって!」


浮かない気持ちのまま流れに従い東側のスタートゲートへ移動する。勝己くんどこかな、と探すと脇目も振らずゲートへ進む後ろ姿を見つけることができた。わたしと大違いだ。きっと彼の意識の中に今、わたしは一ミリもいないのだろう。仕方ないことだ、と納得しようと俯いたところで、「がんばろーな」女の子がわたしの背中をぽんと叩いた。とっさに顔を上げ、頷く。


「うわ、顔青っ!緊張するのはわかるけどさー」
「ご、ごめん…がんばるよ…!」



隣を歩いていた心操くんがわたしに顔を向けた。彼はさほど緊張していないのか、いつも通りの平静な面持ちに見えた。


「ここからは俺もライバルだから。気に掛けられないから、あいつみたいなこと言うの癪だけど、危なかったら棄権しろよ」
「う、うん、ありがとう」


なんとか頷いたわたしに心操くんはやっぱり平然とした表情で、じゃ、と片手を挙げて人混みに紛れてしまった。ゲートはもう目の前だ。上位に行けるよう、彼なりの理想的なスタート位置があるのだろう。女の子ももっと前の方に行くらしく、ぐいぐい人を押しのけていた。わたしはどうしようか迷って、結局後方につくことにした。前にいてコケたりしたら目も当てられない。後ろなら他の人の出方をうかがえるから、決して悪手じゃないと思ったのだ。
周りの人に押されながら地面へ俯く。心操くんの「あいつ」とは勝己くんのことだ。心操くん自身、A組の教室前で対峙した勝己くんにいいイメージがないのか、放課後の昇降口でも喧嘩腰だった。二人の険悪な空気を思い出して背筋が凍る。友達同士の仲が悪いのは、居た堪れない。でもまさか、仲良くしてなんて無理強いもできない。

いいや今悩んだって仕方ない。競技に集中しないと。ゲート上部に並ぶ三つのランプがカウントを始める。一つ消えるごとに浮き足立つのがわかる。

全部消えたらスタートの合図だ。


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