今年の勝己くんの誕生日は日曜日だった。支度を万全に整えたわたしは最後に鏡で髪型のチェックをして、玄関に置いておいたショルダーバッグを肩にかけ家を飛び出した。中には昨日買ったプレゼントが入ってる。悩んだ末に、今年は赤いスポーツタオルにした。勝己くんが使ってる姿を想像しては何度もにやけた逸品だ。早く渡したいなあ。

自然と早足になるのを抑えきれず、タッタッと小走りで勝己くんの家へ向かう。浮き足立ってるのだ。心はほわほわして舞い上がってしまう。時刻は午後の二時を回ったところで、これから夜までお邪魔して晩ご飯に同席させてもらう予定だ。光己おばさんや勝おじさんも快く迎え入れてくれるので、一家の優しさに甘えて毎年混ぜてもらってる。
なにせ勝己くんの生まれた日だ。一番お世話になってるわたしが心尽くした祝辞を述べないで、誰が述べると言うのだろう!

逸る気持ちのままインターホンを押す。毎年のことだから、わざわざ今日何時に行くとか言ってないけど大丈夫かな。光己おばさんにびっくりされたらどうしよう。二回目のチャイムの音が途切れ、「はーい」スピーカー越しに光己おばさんの声が聞こえる。


『あらちゃん!』
「こんにちは!あの、」
『ほら勝己ー!ちゃん来たわよー!』


どきっと跳ねた心臓が落ち着くより先に、玄関のドアが開いた。インターホンから目を離し、そちらへと顔を上げる。光己おばさんが出迎えてくれるにしてはリビングからの間隔が短すぎると思う、から。


「…おう」


やっぱり、勝己くんだ。
パッと目を輝かせ足を踏み出す。けれど家の敷地に踏み入れてすぐ、あれ、と思った。次第に笑顔は閉じ、足は小幅になる。ドアを大きく開けた勝己くんが、こないだ出迎えてくれたときと様子がまるで違うのだ。スニーカーをしっかり履いてる。玄関の外まで出てきてる。靴だけじゃない、服装もジャージを着込んで、ボディバッグまで背負ってる。

まるで今から出掛けるみたいに。


「か、つきくん」
「…ああ」


勝己くんはわたしを見て今日の目的がわかったらしく、「うちで待ってろ」と顎で屋内を指した。どくどくと、気味の悪い心音が響く。勝己くんは、と問う前に「夜飯には戻る」と手をドアから離した。

やっぱり、勝己くん出掛けるつもりなんだ。

午後から勝己くんの家に行って、二人でのんびりしながら思い出話をして、夜になったらご飯を食べて、ケーキを食べる。勝己くんは甘いのがあんまりすきじゃないから、いつもチーズケーキとかタルトが用意されてる。そんな恒例行事の半分が、たった今終わりを告げたのだ。
途端にバツが悪くなり無意識に前髪を梳く。わー……そっかあ、じゃあ今年は、夜ご飯一緒に食べるだけになるんだ。ざ、残念だ、なあ…。でも毎年やってるんだから、そういう年があっても、おかしくないんだよね。わたしのわがままを通していい日じゃないし、ねー…。(…あっ)納得しかけた脳が大事なことを思い出させた。


「勝己くん、お誕生日おめでとう…!」


最初に言いたかったことだ。予想外の事態に気が動転して頭から抜けてしまっていた。勝己くんに祝福の言葉を。この世に生まれてきてくれてありがとう、いつもわたしのこと助けてくれてありがとうって気持ちを伝えなければ。それが今日という日だよ!「おー」きっとお父さんお母さんにもう言われてるだろう。返し慣れた返事にホッと緩む。「あの、これプレゼント…」「ん。帰ったら見てやるから持っとけ」ショルダーバッグから出そうとした包み袋はあっさり断られてしまったけれど、思ったより持ち直すのは早かった。高校一年生のわたしは、勝己くんが出かけるって言うんならおとなしく待てる子だぞ。
今年は一緒にいられるのは夜だけだ。そうだとしてもわたしは家に帰るつもりはなく、図々しくも勝己くんの家で帰りを待つつもりだった。玄関前の階段を降りていく彼の後ろ姿を見送る。ジャージだし、走りに行くのかな、それともジムかな。


「あ。なあ」


「うんっ」振り返った勝己くんにパッと笑顔を浮かべる。そんな風にのん気なわたしは、


「おまえ明日から一人で帰れ」


どん底へ突き落とす言葉に身構えることができなかった。


「……え…」
「俺学校残っから」
「え、それならわたしも残る…!」


急な展開に頭がぐるぐる回る。目も回りそうだ。心臓が嫌な脈を打ってる。倒れそう。一人で帰れ?どうして、どうしてそんなこと言うの、嫌だ勝己くん。なんで君がそんなこと言うの、なんでそんな、不思議そうな顔をするの。


「電車、行きは俺がいねえと潰されっけど、帰りは大丈夫だろ」


「んじゃ、あとでな」再び踵を返した勝己くんは道路を駆けていった。
それを眺めながら、放心したまま。わたしはあることを理解していた。


勝己くんが朝一緒に行ってくれるのには、彼の中で理由があったのだと。それはわたしを気にかけてくれてるという喜ぶべき理由だったけれど、つまるところ理由のないお誘いは、あっさり切り捨てられることを意味していた。
呆然と立ち尽くす。勝己くんにとってわたしと一緒に帰ることに理由はなかったのだ。


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