食堂は毎日大混雑だけれど向かい合った二人分の席を見つけるくらいなら簡単だ。今日もそう探すことなく長テーブルの一番端に腰を落ち着け、昼食を摂ることに成功した。向かいの勝己くんが白米の盛られたお茶碗に手を伸ばすのをぼんやり眺めながら、わたしも箸を手に取る。今日は勝己くんと同じサバの味噌煮定食だ。
「体育祭出るだろ?」「いや経営科の奴らはほとんど出ないよ」賑やかな空間で唯一言葉として聞き取れる隣の会話。話題はどこも体育祭一色のようだ。それくらい、雄英生にとって一大イベントなんだろう。今さらながらここがヒーローの名門校ってこと、しみじみ感じるよ。


「クラスの友達に、ヒーロー科目指してる人いるんだよ」
「へえ」


勝己くんはそう、ほぐしてるサバから目線を逸らさず簡素な返事をした。彼にとってはさしたる問題じゃないみたいだ。「せいぜい足掻けっつっとけ」そう続けた勝己くんに少しあれ?と思ったけれど、その違和感の正体はわからなかった。きっと勝己くんは、テレビで見てたときみたいにどんな種目でも勝利するビジョンが見えてくるのだろう。自分が出るのは憂鬱だけど、勝己くんを見るの本当に楽しみだと思うよ。にこにこしながらサラダを口に入れる。今日帰ったら録画の予約をしておこう。まだ再来週のことだけど、もし忘れちゃったら後悔だけじゃ済まない。


「おまえ出んのか」
「で、…出なくていいなら出たくない…」
「だろーな」


ハッと鼻で笑った勝己くんに苦笑いで肩をすくめる。勝己くんにはお見通しのようだ。わたしも自分が雄英の体育祭に出てるとこなんて、全然想像できないよ。


「勝ち進む気ねえなら最初から出ねえか適当に負けとけ」
「うん!」


勝己くんが案じてくれてる。嬉しくて、大きく頷いた。





今日はA組も六限までなんだそうだ。いつもの待ち時間がない分、帰りの支度はスピーディーに行わなければならなかった。普段の二倍速で頭を回転させ明日の時間割と教科書との合致を急ぐ。これはいらない、この教科書は持って帰る、ああこっち、宿題出てるんだった。一人慌ててスクールバッグと机の中を漁る様子がおかしかったのだろう、見兼ねた心操くんが声をかけてくれた。


「何ガサガサやってんの」
「え、あっごめん…!」
「迷惑してるわけじゃないけど。筆箱落ちてるし」
「あっ…」


心操くんの言う通り席と席の間にわたしの筆箱が落ちていた。拾おうと動き出す前に、心操くんが座ったまま屈んで手を伸ばす。申し訳ない、と焦った瞬間、視界の隅でぐらりと傾いた。


「わっ…!」
「!」


バタバタと、重ねていた教科書が落ちていく。カバンにしまおうと思っていた物たちだ。机にカバンを置いてたから、仕方なくバランスの悪い位置に置かざるをえなかった。でも、落ちたのはバランスが悪かったからじゃない。スッと背筋が冷える。悪いことをしてしまったという感覚は、一生慣れることはないと思う。


「暴走?」
「ご、ごめん…!ごめん、せっかく拾ってくれたのに、」


心操くんから筆箱を受け取り、すぐに席を立ちしゃがみ込む。意味ない、心操くんの好意を無下にした。最近勝手にならなかったから油断してた、もうなんでこんなタイミングで…!顔が熱い。変な汗も出てきた。心操くんは、怒っただろうか、呆れただろうか。





おそるおそる顔を上げる。座った体勢から見下ろす彼と目が合う。心操くんの顔は影になっていたけれど、怒っても呆れてもいないのは確かだった。前に個性が暴走したときも心操くんは嫌な顔一つ見せなかった。優しい人だ、本当に。ホッと息をつけた。


「今日俺もA組行くから、連れてってよ」


だから彼の思わぬ申し出には、固まることしかできなかった。


32 / top / >>