雄英高校に志望を決めたのは勝己くんがいるから以外に理由はなかった。更にいうと勝己くんさえいればそこが不良で溢れる底辺校だろうとエリートが集う超難関校だろうと関係なく、高倍率でも特別な試験方法でも諦める理由にはならなかったと思う。つまるところ、雄英がどんなところかはあまり気にしてなかったのだ。ヒーロー育成の名門校だってことくらいだろうか。普通科を受けることにしてから、他の学科もヒーロー科につられるようにして偏差値が高めだということを知ったほどだ。


「体育祭……」


だから、あの有名な雄英高校体育祭を目前にして、現実が受け止められなくても仕方ないと思う。



昔は全国が熱狂したらしい競技大会、オリンピックに代わる一大イベントである雄英体育祭はテレビ越しに見たことがある。朝から夕方にかけて開催されるそれはほとんど毎年勝己くんの家で見ていたと思う。トップヒーローを目指す勝己くんは同じくヒーロー志望の高校生がしのぎを削る戦いを、ときに白熱しときに野次を飛ばしときに冷静に分析しながら観戦していた。様々な競技種目や出場選手を目にしながら、自分だったらどう攻略するかをわたしに話す勝己くんは、きっと最初から雄英に行くことを考えていたんだろうと思う。

去年までの思い出に浸る現実逃避。ハッと我に返ると、いつの間にかホームルームの先生の話は今日の授業についての連絡事項に移っていた。
人知れず溜め息をつく。とにかく憂鬱だ、体育祭出たくないなあ…。勝己くんの活躍は心の底から見たいけど、自分が出る側にはなりたくないよ。テレビで見てたときと考えることが同じでさらに項垂れる。この手の心意気ってどうやったら培われるんだろう…。半ばお先真っ暗な気持ちで顔を上げながら何となく隣の席を見てみると、心操くんは椅子の背もたれに寄りかかりながら正面を見据えていた。口元はなぜか、ニヤッと笑っている。「……?」人知れず首を傾げ、それから、ああ!と納得した。


「心操くん、ヒーロー科編入目指してるもんね」


そういえば前に、体育祭でいい成績を残したら普通科の生徒もヒーロー科に編入できるって話をした。だから心操くんも、今度の体育祭は燃えるんだろう。そっか、あの体育祭が雄英体育祭のことだったんだ。どっちもわかってたのに結びついてなかった。
「…、ああ」心操くんは一瞬驚いたように目を見開いたあと、首に手をやって肯定の返事をした。どこかバツが悪そうだけれどその理由はわからない。また首を傾げそうになって堪える。…もしかして、話しかけたのダメだったかな…。朝あいさつしたときどこかぎこちなかったの、ちょっと気になってたんだ。
心操くんのことはこのクラスで初めてできた友達だと思っていて、優しくていい人だなあとも思ってる。おとといの騒動のときもわたしを案じて引き留めてくれたほどだ(それをわたしはあっさり無下にしてしまったけれど)。帰りのホームルームではその心操くんが勝己くんのことにまで触れてくれたのがとっても嬉しくて、珍しく力を入れて語ってしまった。こんなに打ち解けられた人は勝己くんや幼なじみの友達以外で初めてだった。すごいよね、まだ会って一ヶ月も経ってないのに、と感動してたくらい、なんだけども。

背筋がスッと冷える。その心操くんに、あまりよく思われてない、かもしれない。わたしの勝手な勘違いで馴れ馴れしくして、不快にさせてしまったのかもしれない。ごくりと固唾を飲み込む。


「ていうかもだろ」
「…えっ?」


パッと顔を上げる。心操くんが話を続けてくれた?目が合って、彼はやっぱりニヤリと笑っていた。


もヒーロー科狙ってるだろ」
「ねっ、狙ってないよ…!」


心操くん、いつも通りだ。バツが悪そうに見えたのは気のせいだったみたいだ。ホッとしてふにゃりと笑顔を浮かべると怪訝な顔をした心操くんになんで笑うのと聞かれてしまった。慌てて何でもないよと首を振る。


「…まあいいけど。おまえの言う通り俺、ヒーロー科編入狙ってるから」
「うん、がんばってね」
「…頑張っていいの?」


疑ぐるような目で見られ固まる。「え、えっと…」なにか、不都合なことがあるだろうか。考えてみるけれど思い当たらず、おずおずと頷く。すると心操くんが、へえ、と薄く笑みを浮かべたけれど、その意図はわからないまま一限のチャイムが鳴ってしまった。


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