手を触れずに近くの物を動かしたり、ラップ音を起こせるのがわたしの生まれ持った「超常」だった。とはいっても、人が触れているものには働きかけられないし、引力にも逆らえない。昔のホラー映画にあった怪奇現象には及ばない、劣化版だってお父さんは言っていた。動かせる物の限度もたかが知れているし、どう頑張っても映える個性じゃない。どんな仕事にもてんで活かせそうにない。こたつで暖まりながら、ちょっと手の届かないリモコンをズルズルと引き寄せるお父さんの姿を横目に、突然落ちてきた棚の置物を自分の手で拾い上げる日々だった。

 目に見える変化のなかった個性が本当に発現したといえるのか四歳の幼心に疑問だったけれど、確かに自分の意思でクレヨンを倒すことはできたので、診断の結果市役所に登録された固有名詞を見てそういうものかと思った。発動条件のない個性は不安定で、制御できないのは心身が未発達だから、というお医者さんとお父さんの言葉によって心霊現象さながらの恐怖体験と隣り合わせの生活を宿命づけられたわたしは、けれどいつになってもビビリが克服される兆しはなかった。お父さんが個性に重きを置かずに人生を送っていたからか大して自分の個性に愛着が湧かず、さらにやたらめったら使おうとしなかったのが災いしたのか、今でも無意識な個性の発動に悩まされていた。


 こんな個性だから、周りの人に迷惑をかけることももちろん多かった。そのせいで責められたし、怖がらせて嫌われることも昔からあった。引っ込み思案な性格もあってうまく友達が作れず、周りの子たちはどんどん離れていく。それは、自分の個性を愛すことができなくなるくらい、幼い子供にとってダメージの大きいことだった。


ちゃんがやったんでしょ!」


 個性が発現してしばらく経った頃、幼稚園で床に広げたキャンバスノートにお絵描きをしていたら、ガシャンと何かが崩れる音がした。振り向くと、すぐ近くにしゃがんでいた男の子と目が合った。そしていきなり、そんな言葉を浴びせられたのだ。
 男の子二人が向かい合って座っていた間には、ごちゃごちゃに崩れた積み木の残骸があった。山のてっぺん辺りに三角の赤い積み木があるのを見てすぐ、お城を作っていたのだと理解した。そして、彼らが言いたがっていることも。


「あ、え、……」
ちゃん個性つかったんだろ!やめろよ!」
「せっかくマジかっけー城つくれてたのによー!」


 二人から責められ身体を縮こめる。もちろん個性なんて使ってないし、彼らのお城を崩そうなんて微塵も考えていなかった。だけどわたしの個性は不安定で、勝手に物を動かしてしまう。だから彼らの言うことに強く異議を唱えることができなかったのだ。でも、でも、そんなの、あんまりだ。


「…うう……」


 いわれのない責めに涙がにじむ。やってないもん、違うもん。否定しても彼らの大きな声にかき消されて届かない。こらこら何やってるの、お決まりのように先生の仲裁する声が近づいてくる。折りたたんだ太ももの上に、ポタリと一粒落ちた。

 突如、ガシャアンと、さっきより激しい音が響く。積み木の音だ。わたしに詰め寄っていた男の子たちがバッと後ろを振り向く。わたしも遅れてそちらを見た。

 すぐそばに積まれていた、お城だった山は跡形もなく、積み木はあちこちに散らばっていた。代わりにその跡地には、男の子が一人、毅然と立っていた。積み木を蹴飛ばした。それがわかっても口はポカンと開いたままだった。横向きに立ち尽くしていたその子がこちらを向く。ギョロッと彼らを射抜く吊り目が見えた。


「ジャマだどけっ!」


 大声でそう命令したのは、そう、勝己くんだった。家が近所で幼稚園も一緒だった彼は、勝気な性格と派手な個性ですでに幼稚園内でも存在感を発揮していた。
 勝己くんは委縮する男の子たちを容赦なく押しのけてわたしの前に立ちはだかった。ぽろぽろ涙を零すわたしは、彼を見上げて、ずずっと鼻をすする。


「かっちゃん……」
、むこうで遊ぶぞ!」


 躊躇なく手を差しのべる勝己くんは、まるで神さまのようだった。「……うんっ」彼の手を取り、くんと引っ張られて立ち上がる。積み木もクレヨンもそっちのけで、手を引かれて走る。助けてくれた。勝己くんにとっては大したことじゃないのかもしれない。やろうとしていたヒーローごっこの数合わせのためってだけだったのかもしれない。けれどこのとき、ひたすら自分の道を行く彼の背中が、わたしにとってどれほど頼もしかったことか。きっと誰にも、こればっかりは勝己くんにさえわからないだろう。潤んだままの瞳が、勝己くんだけを美しく映す。世界がはっきりと色づいた瞬間だった。


 わたしはこの日、自分の個性を愛する代わりに、勝己くんを愛そうと決めたのだ。


「どーせあいつら、自分たちで手ェすべらせたんだぜ。そんで人のせいにするなんてザコのすっことだ」
「かっちゃん、ありがとう!」


 駆け足で外へ向かう勝己くんに精一杯のお礼を言うと、彼は少しだけわたしのほうを向いた。つり上がった大きな目。


「おうっ!」


は俺とおんなじチームだぜ!」彼の与える安心感はほかの何物にも代えられない。わたしは勝己くんがいるだけで心強くて、なんでもできる気さえした。繋いだ手をぎゅっと握り、満面の笑みを浮かべる。


「かっちゃんと一緒ならなんでもいい!」
「俺がいるほうがヒーローチームに決まってんだろ!はそばで見とけよ!」
「うん!」


 こうして、わたしが齢四歳にして知ったことは、世界の不平等さでも何でもなく、人生で唯一の恋心だった。


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