校舎を出たところで足が止まったのは行く当てがなかったからだ。どこに行けばいいんだろう。上履きのままの足元を見下ろしてようやく途方にくれる。周りを見回してもプロヒーローの姿は見えず、こんな時間に外にいる人間は見事にわたしだけだった。静まり返った辺りに焦燥感が助長され思わず段差に座り込む。……勝己くんがどこにいるのかわからない。わからないから、わたしは、駆けつけられないのかも。


「大丈夫、大丈夫…」


縮こまりながら震える指を握りこむ。大丈夫しんじゃうわけない、勝己くんは約束してくれた、わたしは一番弱い子分だから置いてかないって、助けてくれるって、だから大丈夫、帰ってくるから大丈夫…。

堪えきれずボロッと涙がこぼれる。堰を切ったように溢れ出したそれはわたしの頬を伝い、握りこむ手を濡らした。誰かに見せつけるように流す涙は、しかし誰の目にも入ることはなかった。

しばらくそうやって一人で小さくなっているうちに日は傾き始めていた。六限の鐘は聞いた。授業をサボるのは人生で初めてだったけれど、ここから動く必要性を感じさせるには程遠かった。ずずっと鼻をすする。いい加減涙は止まっていた。けれど腫れた目では思考も後ろ向きになって、体育座りみたいな格好のまま、わたしは依然昇降口前の段差に座り込んでいた。

わたしがわたし以外の誰かだったら、こんなところで縮こまってるだけなんてことにならなかった気がする。教室を飛び出したのはじっとしてられないと思ったからなのに、結局わたしはどこにも行けずここでうずくまってるのだ。勝己くんのもとに駆けつけたかったはずなのに、あっさり諦めてる。諦めて、結局勝己くんとの約束にすがってるのだ。


「……いやだ…」


俯いて膝に顔をうずめる。これがわたしじゃなくてしっかりした子だったらどうしてたんだろう。どうにかして勝己くんの居場所を調べて、どこにいたって駆けつけられるんだろうか。それかもっと素敵な個性だったら勝己くんのもとへ難なく辿りつけるのかもしれない。自分が驚くほど何もできないことに今更がっかりする。

そしてわたしはこの後に及んで、勝己くんに手を伸ばされることを待っているのだ。

ぎゅうと組んだ両手を握りこむ。遠くから、声が聞こえた。


「……!」


ガバッと顔を上げると数十メートル離れた先に人の集団が見えた。歩きながらこちらに向かってきている。背の高さはそれぞれで、雰囲気から生徒と先生だということがわかった。「……」途端に速くなった心臓を押さえ、じっと目を凝らす。そして、一人の存在を確信した瞬間大きく息を吸った。久しぶりに肺に空気を取り込んだ気分だった。視界が明瞭になる。


「かつきくん…」


いる、ちゃんといる、帰ってきた。チカッと眼前が光り、次の瞬間には再び涙がこぼれた。両手で鼻と口を覆いおそるおそる息を吐く。生ぬるい吐息を手のひらに感じて、生きてることを実感した。


「ん?なんか女子がいる」
「ほんとだ、って…泣いてね?つかあれって…」


金髪の男の子と赤い髪の男の子が慌てたように後ろを歩いていた勝己くんの肩を叩いた。指差した先のわたしと目が合う。彼の大きな釣り目が見開かれた。
前を歩いていたクラスメイトを押しのけ駆け寄ってくる勝己くんを、潤んだ視界のまま、どこか夢見心地でぼんやりと見ていた。そういえば勝己くんのヒーロースーツ、初めて見た。制作会社に提出するっていうコスチューム案は春休みに見せてもらってたから、要望通りのものができたんだというのがわかる。ギザギザのマスクはやめたのかな。強そうに見えるから、あれもかっこいいと思ってたんだけどなあ。目の前で立ち止まり、座り込むわたしを見下ろす勝己くん。怪我とか、大丈夫なのかなあ…。腕へと目を滑らせた瞬間、「!」ぐいっと両手首を引っ張られた。勢いに任せ立ち上がる。


「なんでこんなとこにいんだ」
「あ、あの、敵が侵入してきたって…」


立ち上がったあとも勝己くんの両手は離されなかった。至近距離で対峙するほど心臓が強くないわたしはもちろん俯いてしまう。現金だ。さっきまで勝己くんがいなくて泣いてたのに、いざそばにいると恥ずかしくて逃げてしまう。かっかと火照る頬に勝己くんは気付いてしまってるだろうか。
わたしの答えに勝己くんは一度口を尖らせたあと、「一丁前に心配してんじゃねえ」左手の甲で額をコンと小突いた。


「えっ?!なになに、だれ?!」
「爆豪の彼女」
「きゃーマジ?!」
「茶化すとまた爆破されんぞ…」


A組の集団が昇降口までやってきたらしい。赤い顔のままちらりと見遣るとピンク色の肌の女の子と目が合ったのですぐに逸らした。A組の人たちはそのまま校舎に戻るようだけど、心なしか注目を浴びてる気がしてさらに俯いてしまう。「あの、勝己くん」右手も離され、そのまま胸の位置でもじもじと指を絡める。


「俺は何ともねえから戻っとけ」
「あ、う、うん…」


不機嫌とかじゃない。でも何か思うところがあるみたいに、勝己くんの表情は静かだった。やっぱり何か、あったんじゃないかな。でも無事で、よかったなあ…。じわりと涙がぶり返しそうになる。だめだ迷惑かけちゃ。言われた通り踵を返す、前に。「勝己くん…」


「心配してごめん、ね」


謝罪の声は思ったより小さかった。勝己くんは以前、格下のわたしに心配されることに憤りを見せていた。今も、どう見たって大丈夫そうな勝己くんを不必要に心配したわたしに対して嫌な気持ちになってるかもしれない。だとしたら申し訳ない、から謝った。けれど、わたしは勝己くんが危ない目に遭うのなら、懲りずに何度だって心配してしまうと思う。反省できないことが後ろめたくて声も小さくなってしまった。はあ、と溜め息をついた勝己くんにビクッと肩がすくむ。


「どーせ言ったって聞かねんだろ」
「…う、ごめ…」
「謝んな。…知ってっからいい」


「え?」勝己くんの台詞に顔を上げるも、勝己くんは薄っすらと笑みを浮かべるだけで、詳しく言うつもりはなさそうだった。ただ、少なくとも嫌悪感は見えず、わたしが心配することを受け入れてくれてるのがわかった。それも今諦めて仕方なくとかじゃない。勝己くんはずっと前から、わたしが心配せずにいられないことをちゃんと理解して、納得してるみたいだった。


「でもいらん心配でいちいち泣くんじゃねえよ。俺のこと信用してねえみてーで腹立つわ」
「そんなこ、ほ、うう」


左右の頬を引っ張られうまく口が動かなくなる。おとなしくされるがまま引っ張られてるとすぐにパッと離されたので、痛いとかはなかった。両頬を押さえながら見上げると勝己くんは今日一番の楽しげな笑顔を浮かべているものだから、わたしは随分と見惚れてしまった。


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